クベーラ
クヴェーラ · ヴァイシュラヴァナ · 毘沙門天
ヒンドゥー神話の富と財宝の神。夜叉族の王にして北方を守る世界護持者であり、仏教に入って毘沙門天となった。太鼓腹に財嚢とマングースを携える姿で表される。
解説
概要
クベーラ(कुबेर / Kubera)は、ヒンドゥー神話の富と財宝の神である。地下に埋もれた宝を守り、半神族夜叉(ヤクシャ)の王として君臨する。方位を守るローカパーラの一人に数えられ、北方の守護を担う。仏教には別名ヴァイシュラヴァナのかたちで受け入れられ、四天王の多聞天、すなわち毘沙門天となった。
神話・物語
クベーラの位置づけは、文献の層ごとに大きく変わる。最古の言及である『アタルヴァ・ヴェーダ』では闇の霊たちの長として現れ、『シャタパタ・ブラーフマナ』は盗賊と悪人の主と呼ぶ。神として遇されるようになるのは『マヌ法典』以降で、ここで商人の守護者かつ世界を護る者の地位を得た。プラーナ文献と二大叙事詩に至って、その神性は疑われないものとなる。
系譜も一様ではない。『マハーバーラタ』はクベーラを聖仙プラスティヤの子とするが、プラーナ文献では祖父がプラスティヤ、父がヴィシュラヴァスとされる。ヴァイシュラヴァナ(「ヴィシュラヴァスの子」)という異名は後者の系譜に対応する。
『ラーマーヤナ』は、千年におよぶ苦行をブラフマーに嘉され、クベーラが神々と等しい地位と世界の富、そして空を飛ぶ車プシュパカを授かったと伝える。彼はランカーの黄金の都を治めていたが、異母兄弟のラーヴァナに追われ、プシュパカも奪われた。以後はヒマラヤのカイラーサ山に近いガンダマーダナ山の都アラカーに住まうとされる。プシュパカはラーヴァナの死後に返された。
図像と象徴
クベーラは太鼓腹の矮躯に表されるのが通例で、宝石で身を飾り、片手に財嚢または棍棒(ガダー)、あるいはザクロを持つ。もう一方の手が抱えるマングースが、最も特徴的な持物である。地下の財宝は本来ナーガ(蛇)のものであり、蛇の天敵であるマングースを従えることが富の支配を示すと解される。チベットの図像では、そのマングースが宝石を吐き出す姿に表される。
ヴァーハナ(乗り物)が動物ではなく人であるのも独特で、ナラ・ヴァーハナ(人を乗り物とする者)と呼ばれる。『ヴィシュヌダルモッタラ・プラーナ』は四臂とし、左膝に妻リッディを座らせ、財宝の擬人化であるパドマ(蓮)とシャンカ(法螺貝)を人の姿で傍らに立たせよと定める。『アグニ・プラーナ』は山羊に座す姿を規定する。
後期のプラーナ文献は、三本の脚、八本しかない歯、隻眼といった異形をクベーラに与えた。クヴェーラという綴りが「ゆがんだ者」を意味することも、この造形と結びつけて語られる。隻眼については、シヴァとパールヴァティーを妬みの目で見たために片目を失い、パールヴァティーがその目を黄色に変えたと伝えられ、エーカークシピンガラ(黄色い隻眼の者)の名の由来とされる。
系譜と関係
妻はバドラー(「吉祥な者」)またはリッディ(「繁栄」)と呼ばれ、子にナラクーバラとマニグリーヴァがいる。父ヴィシュラヴァスが羅刹の姫カイケーシーとのあいだにもうけたラーヴァナ、クンバカルナ、ヴィビーシャナは異母兄弟にあたる。シヴァとは親しい間柄とされ、その住まいがカイラーサ山の近くに置かれるのもこれによる。
北方を守る守護者という性格は、仏教に取り込まれてからも変わらなかった。ヴァイシュラヴァナは四天王のうち北方を担う多聞天となり、十二天の一にも数えられる。財宝神ジャンバラや、鬼子母神ハーリーティーの配偶者パーンチカとも習合した。ジャイナ教では、第19祖マッリナータに従う夜叉サルヴァーヌブーティがクベーラにあたるとされる。
文化的足跡
北インドの寺院彫刻には、太鼓腹に財嚢を抱えたクベーラ像が数多く残る。ガンダーラの浮彫では、パーンチカと図像上ほとんど区別がつかないほど近い姿で表された。日本には毘沙門天として伝わり、七福神の一柱として福徳の神に数えられている。一方、ヒンドゥー教における富の神への信仰そのものは、後世にはガネーシャやラクシュミーが大きく受け持つようになった。現代の日本のゲームや漫画にも、クベーラあるいは毘沙門天の名で登場することがある。
領分・別名
親・配偶者・子までを表示(全体はフル系図ページへ)。実線=主要伝承/点線=異伝・別系統。