ラーヴァナ
ダシャグリーヴァ · ダシャーナナ · 羅刹王
『ラーマーヤナ』の敵役をなすランカー島の羅刹王。十の頭と二十の腕をもち、ヴェーダに通じシヴァに帰依する学識者でありながら、妃シーターを略奪してラーマに討たれる、善悪の際立つ巨魁である。
解説
概要
ラーマーヤナに語られるヒンドゥー神話随一の敵役であり、南海の島国ランカーを治めるラークシャサ(羅刹)の王である。十の頭と二十の腕をもつ巨躯で描かれ、別名ダシャグリーヴァ(十頭王)もここに由来する。ただの怪物ではない。四つのヴェーダと六つの学問に通じた学者であり、ヴィーナーの名手、そしてシヴァへの篤い帰依者でもある。叙事詩は彼を、知と武を極めながら傲慢と欲によって身を滅ぼす者として描き、善悪のいずれにも振り切らない陰影を与えている。
神話・物語
ラーヴァナは聖仙ヴィシュラヴァスと羅刹の姫カイカシーの子に生まれた。祖父はブラフマーの意より生まれた聖仙プラスティヤに遡り、血脈にはバラモンと羅刹が交わる。厳しい苦行の末にブラフマーから、神々にも他の魔物にも討たれぬという恩寵を得た——ただし人間と獣を眼中になく除外した。これがのちに、ヴィシュヌが人としてラーマに化身して彼を討つ伏線となる。
彼は異母兄で富の神クベーラからランカーと飛行宮プシュパカを奪い、島を栄えさせた。物語の転機は、妹シュールパナカーがラーマの弟ラクシュマナに辱められたことに始まる。報復として彼はラーマの妃シーターを略奪し、ランカーへ連れ去る。ラーマはハヌマーンら猿族(ヴァナラ)の軍勢を率いて海を渡り、大戦の末にラーヴァナを射倒す。弟ヴィビーシャナは兄を諫めて容れられず、ラーマ側に投じて戦後のランカー王となった。
図像と象徴
ラーヴァナの造形は、積み重なる十の頭と扇状にひらく二十の腕に集約される。頭は六つの学問と四つのヴェーダの知を表すと解される。彫刻で最も好まれた主題は「ラーヴァナ・アヌグラハ」——シヴァとパールヴァティーが座すカイラーサ山を、下からラーヴァナが持ち上げようとする場面である。シヴァが足の親指で山を押さえると彼は下敷きとなり、千年のあいだ賛歌を歌い続けた。この叫びゆえに「ラーヴァナ(吼える者)」の名を得たと伝えられる。エローラの石窟寺院やチャンデーラ朝の浮彫が名高く、その図像はカンボジアやベトナムの遺構にも及ぶ。タミルの伝承では、自らの頭を切ってヴィーナーを作り腱を弦としたとも語られ、歌に応えたシヴァから不敗の剣チャンドラハーサを授かる。
関わる伝承
血統も事績も異伝が多い。カイラーサ挿話やリンガ授与の物語はシヴァ・プラーナや『ラーマーヤナ』ウッタラ・カーンダに厚く、ヴァールミーキの本編には希薄で、地域ごとに細部が割れる。ジャイナ教の『パウマチャリヤ』にいたっては、ラーヴァナを羅刹ではなくヴィディヤーダラ(呪力をもつ半神)の高貴な王とし、彼を討つのもラーマではなく弟ラクシュマナとするなど、造形が大きく異なる。妃はマンドーダリー、子には武勇のメーガナーダ(インドラジット)を数える。
文化的足跡
ラーヴァナの敗死は、いまも祭礼ダシャラー(ヴィジャヤダシャミー)で巨大な人形を焼く行事として各地に演じられ、善が悪に勝つ寓意とされる。一方で彼を単純な悪と切り捨てない見方も根強く、シヴァ帰依者・学者・名君としてラーヴァナを敬い、祭る土地もある。東南アジアでは、タイの『ラーマキエン』の十首王トサカン、クメールの『リアムケー』のクロン・リアプとして、独自の相貌をもって受け継がれた。近年はゲームやアニメなどの創作にも、魔王的な巨魁としてしばしば姿を見せる。
領分・別名
親・配偶者・子までを表示(全体はフル系図ページへ)。実線=主要伝承/点線=異伝・別系統。