ヘカ
ヘカウ · ヒク · Heka
エジプト神話で魔術そのものを神格化した存在。名はエジプト語の「魔術」と同語である。両手に蛇を握る姿で表され、世界はこの力によって創られたとされた。
解説
概要
ヘカ(ḥkꜣw)は、エジプト神話で魔術そのものを神格化した存在である。名はエジプト語で「魔術」を意味する語そのままであり、同じ語は魔術的な儀礼の実践を指しても用いられた。医術との結びつきも深く、医神の性格を併せ持つ。
エジプト人にとって、ヘカは怪しげな術ではなく世界の成り立ちに関わる力だった。『コフィン・テキスト』第261呪文は、この存在が「二元性がまだ生じていなかったとき」から在ったと述べる。
神話・物語
『ピラミッド・テキスト』の段階では、ヘカはまだ神ではない。神々が備えている超自然的な力として現れる。有名な「食人王のテキスト」で、王が他の神々を喰らうのは、この力を我が身に取り込むためである。力の名がやがて独立し、固有の神格となって祭祀を受けるようになった。
創造神アトゥムが時の始まりに作り出したとする伝えがある。エジプトの宇宙観では、世界はヘカによって創られた。エジプト学者ロバート・リトナーは、ヘカを生命そのものの、創造行為としての原動力と捉える。『コフィン・テキスト』第648呪文はこう歌う——彼の力は、彼のあとに生じた神々を恐れさせた。その無数の霊は彼の口のうちにある。ヘカは自ら生じ、神々はそれを見て歓び、その甘い香によって生きる。山々を造り、天蓋を綴じ合わせたのはこの者である。
後代には、太陽の舟に乗る神々の一員として現れる。ドゥアト(冥界)ではオシリスを守り、鰐の目をくらませる力を持つとされた。プトレマイオス朝の時代には、ファラオの即位をイシスの子として宣言し、その身を腕に抱く役を務める。
上エジプト第三ノモスの中心エスナでは、三柱一組の一員として祀られた。父は牡羊の頭を持つクヌム、母は伝承によって入れ替わる。ネベトゥウ(ハトホルの一形態)、獅子の頭を持つメンヒト、牝牛の女神メヘト・ウェレトを経て、最終的には戦と母性の女神ネイトに落ち着いた。
図像と象徴
本サイトが掲げるのは、エジプト学の慣行に沿って描かれた線図である。人の姿で、両手にそれぞれ蛇を握る姿が定型となる。二匹の蛇を制する図像は西アジアからギリシアにかけて広く見られるが、ここではそれが魔術の力そのものを表している。
名の綴りに、この神の性格が出ている。ヒエログリフによる ḥkꜣ の綴りには、生命力を意味する概念カー(kꜣ)の記号が含まれる。魔術と生命力が、文字の上で結びついているのである。エジプトでは名そのものが力を持つと考えられたため、ヘカは人名にもしばしば取り込まれた。ヘカウィ、ヘカフ、あるいは単にヘカという名がそれにあたる。
イシスは「ウェレト・ヘカウ」——「魔術の大いなる女主人」——の称号で呼ばれる。ヘカウはヘカの複数形である。この神の名が、他の神格の称号として働いている。
エジプト学者オグデン・ゴエレットは、『死者の書』における「魔術」の扱いの難しさを指摘する。エジプト人にとって魔術は正当な信仰であり、複数の語がこれに対応する。ヘカの魔術は多くのものを含むが、何よりも言葉の力と密接に結びついている。行いが言葉より雄弁とはかぎらない——エジプトの魔術においては、両者はしばしば同じ一つのものである。思考、行為、像、そして力が、ヘカという概念のうちで理論上ひとつに結ばれている。
系譜と関係
エスナの三柱ではクヌムとネイトの子とされる。それ以外の系譜は伝わらない。
創造の力としては、認識を担うシア、発せられた言葉を担うフウと三柱で組をなす。思うこと・言うこと・効かせることの分担であり、太陽の舟にはこの三柱が並んで乗る。
この神の位置づけで注意がいるのは、トートとの違いである。トートは書記と知識の神であり、呪文を記す側にある。ヘカは呪文が働くときに作用している力そのものであって、術者でも記録者でもない。エジプトの神格には、こうした「力の名詞化」がしばしば見られる。マアトが秩序であり、シアが認識であるのと同じ系列に、この神は属している。
文化的足跡
ヘカという語は、エジプト語からコプト語 ϩⲓⲕ(hik)へ、そして「魔術」を意味する語彙として生き延びた。神の名が普通名詞に戻ったのではない。もともと普通名詞だったものが、神の名を兼ねていたのである。
現代の創作では、エジプトの魔術神として言及されることが増えている。ただしそこで描かれるのはたいてい術を使う神であって、術そのものである神ではない。「魔術を使う」ことと「魔術である」ことの差は、この神格を読むうえでの要である。