シア
サア · シア神 · Sia
認識を人格化したエジプトの神。パピルスの巻物を手にした姿で描かれ、創造の言葉フウと常に対をなす。ラーの陽根から滴った血から生じたという。
解説
概要
シア(sjꜣ、サアとも)は、エジプト神話で認識を人格化した神である。九柱神の創世神学に属し、メンフィスの神学における「プタハの心の知的な働き」に相当するとされる。
書字とも結びつき、しばしばパピルスの巻物を手にした人の姿で描かれた。この巻物は知的な成果そのものを体現するものと考えられている。
神話・物語
出自の伝えは即物的である。ラーの陽根から滴った血から生じたとされる。エジプトの創造神話がしばしば身体の分泌から神を生じさせるのは、創造を生殖の延長として捉えるためである。
古王国において、この神はラーの右側に、その聖なるパピルスを持って描かれることが多い。認識が主神の傍らに侍るという配置である。
新王国になると、冥界文書と墓の装飾において太陽の舟に乗る姿で現れる。同乗するのは創造の言葉であるフウと、魔術の神ヘカである。この三柱は創造神を助ける特別な力とみなされた。ただし扱いには差があり、ヘカには独自の祭祀があったのに対し、シアにはなかった。
思うこと(シア)、言うこと(フウ)、効かせること(ヘカ)。エジプトの創造論は、この三つの働きを分けて名づけている。
図像と象徴
本サイトが掲げるのは、エジプト学の慣行に沿って描かれた線図である。人の姿で、頭上にシアのヒエログリフを戴く。
シアのヒエログリフは、「知覚する」「知る」「気づく」を表す文字としても用いられた。神名がそのまま動詞の記号であるという事態は、ヘカやヘフと同じである。エジプトの書記体系において、抽象を表す語はしばしば神の姿を伴った。
持物はパピルスの巻物である。武器でも笏でもなく、書かれた文書を持つ神は多くない。認識と記録が同じ神格のもとで結ばれているという点で、この神は書記の女神セシャトと近い位置にある。ただしセシャトが数え、測り、記す実務の神であるのに対し、シアは記す前の段階——理解すること自体——を担っている。
関わる神格・伝承
フウと常に対をなす。ヘカを加えた三柱で創造の力を構成する。ラーの随伴者であり、トートの従者としても現れる。
神殿も祭祀の中心地も知られていない。この点は同じ抽象の神格であるヘフと共通しており、エジプトにおいて「神格として認められること」と「祀られること」が別の事柄であったことを示す。
文化的足跡
日本語圏でこの神が紹介されることはまずない。エジプトの知恵の神といえばトートが挙げられ、その傍らで巻物を持つ神の名は出ない。
しかしエジプトの創造論を読むうえで、この神の存在は無視できない。世界は言葉によって創られたと語る体系は各地にあるが、その言葉が発せられる前の「思い」にまで名を与えた例は多くない。フウとシアの対は、創造という出来事を工程として分解した結果である。