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エール
PLATE — 𐎛𐎍
PHOENICIAN · フェニキア・カナン神話
𐎛𐎍

エール

エル · イル · イルウ

Mary Harrsch CC BY-SA 4.0

古代カナン(西セム)世界の至高神。神々の会議を統べ、「牡牛エール」「人の父」と呼ばれた創造神である。ウガリット文書では、実権を若きバアルに譲った老いた王として描かれる。

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解説

概要

エール(𐎛𐎍 ʾil / El。イル、イルウとも音写される)は、古代カナン——フェニキア・カナンの世界で神々の頂点に置かれた至高神である。「エール」はもともと西セム語で「神」を指す普通名詞であり、同時に、神々のなかの神を指す固有名でもあった。この二重性ゆえに、碑文に現れる ʾil が普通名詞か特定の神名かは、しばしば判断を要する。ウガリット語 ʾilu、フェニキア語 ʾl、ヘブライ語 ʾēl、アッカド語 ilu はいずれも同じ語根に遡る。ミカエルガブリエル、イスラエルといった名の末尾の「-エル」も、この語に由来する。

その姿をまとまった形で伝えるのは、シリア沿岸の都市ウガリットから出土した前14〜前13世紀の粘土板文書である。そこでのエールは、白髭の老いた王として神々の会議を統べ、「牡牛エール」「王エール」「人の父」「造られしものの造り主」「年々の父」「慈しみ深く情け深き神」と呼ばれる。

神話・物語

エールは二つの淵の水源、二つの河の合流するところに住まうとされる。天幕に住むと読める箇所もあり、ウガリットに大神殿を持つバアルダガンと違って、エールの神殿址が見つかっていないこととの関係が論じられている。

バアル叙事詩』におけるエールの役割は、行動する神ではなく承認する神である。海の神ヤムに王権を与えたのはエールであり、バアルが自らの宮殿を望んだときも、妻アーシラトの取りなしを経てはじめて許しが下りる。バアルが死の神モートに呑まれたと知ると、エールは玉座を降り、粗布をまとって自らの顔を傷つけ、灰に坐して嘆いた。その一方で、アナトの恫喝を退け、アーシラトの推す別の子を王位に就けようとするなど、バアルには冷淡でもある。

エールの描かれ方は威厳一辺倒ではない。断片文書 RS 24.258 は、神々を招いた酒宴(マルゼアフ)でエールが泥酔し、正体を失って倒れる姿を語り、末尾に二日酔いの呪文を添える。この種の記述を「無力で滑稽な老神」の証しと読む解釈が長く行われてきたが、近年は、決裁する者としてのエールと世界を支える者としてのバアルという職分の違いを反映したものと見る立場も有力である。

異伝として重要なのが、ビュブロスのフィロン(1〜2世紀)がサンクニアトンの名で伝えたフェニキアの神話である。ここでのエール(エロス、ギリシア名クロノス)は創造神ではなく天と地の子であり、鉄の鎌と槍で父を襲って去勢し、王権を奪う戦士として現れる。ウガリットの穏和な家長像とは相当に異なる。ただしフィロンの記述はギリシア神話の枠組みで大きく整形されており、そのまま古いフェニキアの伝承と見なすことはできない。

図像と象徴

エールの標識は牡牛である。「牡牛エール」の称号にふさわしく、角のついた冠を戴く。図像上の定型は、玉座に坐り、片手を挙げて祝福する老神の姿であり、ウガリット出土の石碑には、供物を捧げる人物に向かって右手を挙げる有角冠の神が浮彫にされている。

本項に掲げるのは、メギド(現イスラエル)第VII層、後期青銅器II期(前1400〜前1200年頃)に属する坐像である。この型の小像は、坐して右手を挙げる姿勢からエールを表すと解されるのが通例だが、銘文を欠くため、同定は形式にもとづく推定にとどまる。カナンの神像は総じてこの制約を免れず、坐像はエール、進み出る戦士像はバアルという振り分けも、あくまで慣例である。

ヘレニズム期以降のビュブロス貨幣には、翼を備えて杖に身をもたせかけるエール=クロノスが刻まれた。フィロンの伝えるところでは、前後にある四つの目のうち二つは閉じ、六つの翼のうち二つは畳まれており、眠りながら見、憩いながら飛ぶという逆説を表すという。

系譜と関係

妻はアーシラト。「アーシラトの七十の子」がすなわち神々であり、その父がエールである。名を挙げて子と明示されるのはヤム、モート、そしてアシュタルである。バアルは通例、穀物神ダガンの子とされるが、エールの子と呼ばれる箇所もあり、これは氏族の父としてのエールの位置を反映すると解される。アナトはウガリットではエールの娘である。

ヒッタイトの文書では「大地の創造者エール」がそのままエルクニルシャという一つの神名となり、アシェルドゥ(アーシラト)の夫、七十七あるいは八十八の子の父として現れる。ヘレニズム期にはクロノスと重ねられ、パルミラの二言語碑文は「大地の創造者エール」をギリシアのポセイドーンと等置している。

文化的足跡

ヘブライ語聖書には、エール・エルヨーン(いと高き者)、エール・シャッダイ、エール・オーラーム(永遠の神)といった名が現れる。これらがもともと別々の神を指したのか、はじめから一柱のエールの添え名であったのかは、アルブレヒト・アルト以来の主要な論点であり、決着していない。イスラエルの宗教におけるヤハウェとエールの関係——両者がもとは別の神であったのか、早い段階から同一視されていたのか——についても、フランク・M・クロスやマーク・スミスらの議論が続いている。

1929年に始まるウガリットの発掘は、それまで断片的な言及からしか窺えなかったカナンの至高神に、原典の輪郭を与えた。エールという名が古代西アジアの人名のなかに広く生き続けたことも、この神の及んだ範囲を物語る。

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領分・別名

INTERPRETATIO — 同一視・同源
クロノス ギリシア神話 同一視
ビュブロスのフィロンが伝えるサンクニアトンの『フェニキア史』は、エール(エロス)をギリシアのクロノスに当てて語る。ビュブロスの貨幣にも有翼のエール=クロノス像が刻まれた。
ポセイドーン ギリシア神話 同一視
1世紀のパルミラ出土の二言語碑文が「大地の創造者エール」をポセイドーンと等置する。前8世紀のカラテペ碑文では同じ称号がバビロニアの水神エアのルウィ語形に対応しており、局所的な同定である。
クマルビ メソポタミア神話 同一視
ウガリト出土の三言語版ヴァイドナー神名表は、クマルビとエンリルの双方を現地の神エールの対応神として並べる。

親・配偶者・子までを表示(全体はフル系図ページへ)。実線=主要伝承点線=異伝・別系統

収載データなし
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資料

Wikidata
Q1316633 — 骨格データの出典
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El (deity) — 図像カテゴリ