サンクニアトン
サンコニアトン · サンクニアトーン · Sanchuniathon
フェニキアの著述家で、その著作はフィロンのギリシア語訳をエウセビオスが異教論駁のために引用した形でのみ残る。19世紀には偽作とされたが、1929年のウガリット文書の発見により神名と系譜の一致が判明し、古い伝承を伝えるとされるようになった。
解説
概要
サンクニアトン(ギリシア語 Σαγχουνιάθων)は、フェニキアの神々と宇宙の始まりを書き記したと伝えられる、ベイルートの古い著述家である。著作のフェニキア語の原文は失われ、1〜2世紀のビュブロスのフィロンが訳したとするギリシア語版『フェニキア史』の一部が、4世紀のエウセビオス『福音の準備』の引用によって残るだけである。実在したかどうかは確かめられないが、本サイトはフェニキアの神話を伝える伝承者として扱う。
神話・物語
フィロンの伝えるサンクニアトンの記述は、まず宇宙の始まりを語る。暗く風の吹く大気と濁った混沌がはじめにあり、風が自らの源に恋をして交わると、その結びつきが「欲望(ポトス)」と呼ばれ、そこから万物の種となる「モート」(泥とも、水の腐敗ともいう)が生じた。
続いて神々の系譜が語られる。「いと高き者」エリウーン(エルヨーン)とベルートから天(ウーラノス)と地(ゲー)が生まれ、その子エール(クロノス)が父ウーラノスを倒して王権を奪う。エールは鎌で父を去勢し、のちに諸地方を神々に分け与える。文字を発明したタアウトスがエジプトを受け取るのも、この分配による。神々が人類の発明者や王として描かれ、火、狩猟、漁、鉄の加工などの起源がそれぞれの神に帰される。
図像と象徴
サンクニアトンを描いた図像は伝わらず、本サイトも主画像を掲げない。
系譜と関係
エウセビオスがフィロンを長く引いたのは、異教の神々がもとは人間にすぎなかったこと(エウヘメリズム)を示し、異教を論駁するためであった。異教を退けるための引用が、結果としてフェニキアの神話を今日に伝えることになった。アンデスのワロチリ文書が偶像を根絶するための聞き書きから生まれたのと似た経緯である。
天の神が子に倒され、その子がさらに次の世代に王権を譲るという構造は、ヘーシオドス『神統記』のウーラノスとクロノス、ヒッタイトに伝わるフルリのクマルビの神話とよく似ており、近東からギリシアへの神話の伝わり方を論じる手がかりとされてきた。
文化的足跡
19世紀には、サンクニアトンはフィロンが作り上げた架空の権威であり、記述も偽作だとする見方が有力であった。状況を変えたのは、1929年に始まるウガリットの発掘である。エール、バアル、アスタルト、ダゴン、モートといったフィロンの挙げる神々の名や関係の一部が、前2千年紀のウガリットの文書と一致することがわかった。今日では、ギリシア風の整形や後代の加筆を含みながらも、古いフェニキアの伝承を伝えているとする見方が有力である。