アスタルト
アスタルテ · アスタルテー · アシュトレト
レヴァントを中心に前3千年紀から古典古代まで祀られた戦と王権の女神。フェニキアの諸都市で最も重んじられ、エジプトでは馬と戦車の女神として迎えられた。ギリシアではアプロディーテーと同一視された。
解説
概要
アスタルト(フェニキア語 ʿštrt、ウガリット語 ʿṯtrt。ギリシア語形アスタルテー Ἀστάρτη)は、レヴァントを中心に前3千年紀から古典古代まで祀られた女神である。名の最古の記録はエブラの文書にあり、前2千年紀にはマリ、エマル、ウガリットで祀られた。鉄器時代にはフェニキアの諸都市、とりわけシドンとテュロスで主神格の女神となり、植民とともにキプロス、カルタゴ、イベリア半島まで祭祀が広がった。エジプトにも新王国時代に受け入れられている。
メソポタミアのイシュタルとは同じ語に遡る名を持ち、ウガリットの神名表でも対応神とされた。戦と狩り、王権、性愛に結びつく女神である。かつて広く言われた「豊穣の女神」という性格づけは、青銅器時代の史料からは支えられず、今日の研究では退けられている。
神話・物語
まとまった物語の主人公として現れることは少ない。『バアル叙事詩』ではバアルの側に立つ。海の神ヤムの使者が神々の会議でバアルの引き渡しを求めたとき、怒って使者に打ちかかろうとするバアルの腕を、アスタルトはアナトとともに押さえる。のちにバアルがヤムを打ち倒すと、アスタルトは名を呼んで叱咤し、ヤムを散らしてしまえと促す(叱咤の相手をバアルとみるかヤムとみるかで読みが分かれる)。「バアルの名」という称はこの女神の固有の添え名であり、バアルの臨在を表す存在とみなされていたことを示す。断片的な文書には、アナトとともに野で狩りをするアスタルトの姿も伝わる。
エジプトでは、西セムの神話が自国の神々の枠組みに置き換えて語られた。『アスタルテ・パピルス』と呼ばれる新王国時代の写本では、神々が貢ぎ物を要求する海に対し、プタハの娘アスタルトが使者として遣わされる。物語の後半は失われているが、セトが海と戦う筋立てだったとみられる。『ホルスとセトの争い』では、ラーの娘であるアナトとアスタルトがセトに妻として与えられる。
鉄器時代のフェニキアでは、王権との結びつきが表に出る。前5世紀のシドン王エシュムンアザル1世とその子タブニトは「アスタルトの祭司」を称し、エシュムンアザル2世の母アモアシュタルトは女祭司であった。王家はシドンの市中と海辺に女神の聖所を建てている。キプロスのキティオンでは、前9世紀にフェニキア人が青銅器時代の神殿跡の上にアスタルト神殿を築いた。
図像と象徴
本サイトが掲げるのは、牡馬に乗るアスタルトを表したエジプト新王国時代の作例である(ケンブリッジ、フィッツウィリアム美術館蔵)。エジプトの作例では、アテフ冠をかぶり、弓や盾、槍を携えて馬上に、あるいは戦車に立つ。アメンヘテプ2世のギザの石碑は、王の馬術をレシェフとアスタルトが喜ぶと記しており、この女神が馬と戦車の守護者として迎えられたことがわかる。研究者 I・コルネリウスは、碑文などによってアスタルトと確実に同定できる像は、こうした馬上・戦車上の戦士の姿に限られると指摘する。裸の女性像がかつて無批判にこの名で呼ばれてきたことへの、資料に即した訂正である。
ほかに獅子が女神の動物とされ、青銅器時代の円筒印章には鳩を伴う例もある。フェニキアでは、スフィンクスに挟まれた空の玉座を女神の座として祀った。シドン近郊のエシュムン神殿にも、そうした玉座を据えたアスタルトの祠がある。
明けの明星・宵の明星と結ぶ解釈は、イシュタルとの重なりから古くから唱えられてきた。ただしウガリットやエマルの史料からは、天体神としての性格は確かめられない。
系譜と関係
ウガリットの文書には親の名が記されない。エジプトではラーあるいはプタハの娘とされ、バアルと同一視されたセトの妻とされた。ウガリットでバアルの妻とする明文はなく、両者の関係は「バアルの名」の称と、祭儀・後代の資料から推されるにとどまる。
名の語根は、男神アタル(ʿṯtr)と同じで、女性形の語尾 -t を加えた形である。両神がどのような関係にあったかは分かっていない。ウガリットの神名表はアスタルトを、イシュタル、フルリのイシュハラ、シャウシュカに対応させる。アナトとは祭儀でも神話でも対になることが多い。一方、アーシラトとの混同は後代の研究の誤りで、史料に根拠はない。
ギリシア人はこの女神をアプロディーテーと同一視した。ヘロドトスは、アシュケロンのアプロディーテー・ウーラニアの神殿が最も古く、キプロスの神殿はそこから建てられたと伝える。ビュブロスの女神バアラト・ゲバル、カルタゴのタニトとも重ねられることがある。
文化的足跡
ヘブライ語聖書は「シドン人の女神アシュトレト」の名で、ソロモンがその祭祀を取り入れたことを非難する(『列王記上』11章5節)。複数形アシュタロトは異教の女神一般を指す語としても用いられた。アシュトレトという母音づけは、「恥」を意味するボシェトの母音を名の子音に重ねたものと解されることが多い。
この名は中世以降の悪魔学で男性の悪魔アスタロトに転じた。異教の女神が一神教の枠組みで悪魔に読み替えられた例である。他方、19世紀にはダンテ・ゲイブリエル・ロセッティが油彩《アスタルテ・シリアカ》(1877年)を描き、古代の図像とは別の、神秘的な愛の女神としての像を与えた。
領分・別名
親・配偶者・子までを表示(全体はフル系図ページへ)。実線=主要伝承/点線=異伝・別系統。