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神武天皇
PLATE — 神日本磐余彦天皇
YAMATO · 日本神話
神日本磐余彦天皇

神武天皇

じんむてんのう · 神日本磐余彦天皇 · 神倭伊波礼毘古命

喜多蓮蔵画 神武天皇像(1940年) PUBLIC DOMAIN

日本の初代天皇。天照大御神の五世孫で、日向から東征し八咫烏と金鵄に導かれて大和に入り、橿原で即位したとされる。記紀において神の系譜の最後にして天皇の系譜の最初に置かれる。

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解説

概要

神武天皇(じんむてんのう)は、日本の初代天皇。諱は彦火火出見、あるいは狭野。『日本書紀』記載の名称は神日本磐余彦天皇、『古事記』では神倭伊波礼毘古命。

日本神話(記紀)における神話・伝説上の人物とされることが多い。天照大御神の五世孫であり、高御産巣日神の五世の外孫と記紀に記述されている。奈良盆地一帯の指導者長髄彦らを滅ぼして一帯を征服(神武東征)し、奠都した畝傍橿原宮にて即位して日本国を建国したと言われる。

本項は神話上の人物としての神武天皇を扱い、実在性の議論には立ち入らない。

系譜

天孫瓊瓊杵尊の曽孫。彦波瀲武鸕鶿草葺不合命玉依姫の第四子。兄に彦五瀬命、稲飯命、三毛入野命がいる。

神武東征

四十五歳のとき、兄や子を集め東征を提案し、塩土老翁が語った東方の美しい地——大和——を目指した。日向から宇佐、安芸、吉備を経て難波に至る。

河内の白肩津で長髄彦の軍と戦い、兄の五瀬命が矢に当たった。「日の神の子孫が日に向かって戦うのはよくない」と言って迂回し、紀伊を回った。五瀬命は紀伊で死ぬ。

熊野で神の毒気に当たって一行が倒れたとき、高倉下が夢で建御雷神から授かった剣布都御魂を献じ、一行は目覚めた。天照大御神と高木神は八咫烏を遣わして道案内させた。

大和に入り、金色の鵄が弓の先に止まって長髄彦の軍を眩ませ、これを破った。饒速日命が長髄彦を殺して帰順した。

畝傍山の東南橿原の地に都を開き、事代主神(『古事記』では大物主神)の娘媛蹈鞴五十鈴媛命を正妃とし、翌年に即位した。『日本書紀』に基づく明治時代の計算によると即位日は前660年2月11日である。

図像と象徴

本サイトが掲げるのは、喜多蓮蔵による神武天皇像である(1940年)。

弓の先に止まる金鵄が、この人物の図像を規定する。明治以降の神武天皇像は、弓を持ち金鵄を伴う武人の姿で定型化された。

神話から歴史への移行点という位置が、この人物を規定する。記紀において、神武天皇は神の系譜の最後にして天皇の系譜の最初に置かれる。

関わる神格・伝承

天照大御神の五世孫。八咫烏、金鵄に導かれた。皇后の父は事代主神または大物主神。

文化的足跡

2月11日は建国記念の日として、明治期の紀元節を継いで今日も祝日である。橿原神宮(1890年創建)は神武天皇を祀る。

なお神道と日本の民間信仰は今日も継承されている生きた信仰であり、本項の記述はその神格の伝承と図像に関する学術的な整理である。

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領分・別名

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資料

Wikidata
Q200188 — 骨格データの出典