オオヤマツミ
オオヤマヅミ · 大山祇神 · 大山積神
山を司る神。名は「大いなる山の神霊」を意味する。記紀に自身の事績はほとんどないが、娘コノハナノサクヤビメとイワナガヒメを通じて天孫の系譜に関わる。
解説
概要
オオヤマツミ(『古事記』は大山津見神、『日本書紀』は大山祇神)は、山を司る神。名の「ツ」は「の」、「ミ」は神霊を意味し、「大いなる山の神霊」を表す。『伊予国風土記』逸文では大山積神と記され、別名を三島神、和多志大神、酒解神という。自身の事績は記紀にほとんど語られないが、娘たちを通じて神話の要所に関わり、祭神としては全国一万社を超える社に祀られる。日本神話の神のなかで、祀られる社の数は五番目に多いとされる。語られる量と祀られる量とが、これほど釣り合わない神も珍しい。
神話・物語
出生からして伝が分かれる。『古事記』は神生みの段でイザナギとイザナミのあいだに生まれた神とし、『日本書紀』はイザナギが火の神軻遇突智を斬ったときに生じたとする。生成の位置づけが、二書で揃っていない。
物語のうえで最も重い場面は、天孫降臨ののちに訪れる。降り立ったニニギが吾田の笠沙の岬でコノハナノサクヤビメに出会い、求婚する。オオヤマツミはこれを喜び、姉のイワナガヒメを添えて二人ともに嫁がせた。ところがニニギは、容姿の醜いイワナガヒメだけを送り返す。
『古事記』では、これを知ったオオヤマツミが怒って告げる。イワナガヒメを添えたのは天孫の命が岩のように永遠であるように、コノハナノサクヤビメを添えたのは木の花のように咲き栄えるようにと誓いを立てたからである。イワナガヒメを返したからには、天孫の寿命は木の花のように儚いものとなるだろう、と。これによって天皇に寿命が生じたとされ、神々の時代から人の時代へ移る境目がここに置かれている。ただし『日本書紀』では、寿命を縮めたのはオオヤマツミではなくイワナガヒメ自身であるとされ、この神についての記述はさらに乏しくなる。
図像と象徴
古い作例は乏しく、本項に掲げるのは江戸後期の『神仏図会』に載る大山祇尊の図である。同書は記紀の神々を人の姿で描いた版本で、貞秀(玉蘭斎)の筆による。山の神そのものを描くというより、神格として整えられた姿を示したものである。
この神が可視化されるのは、むしろ場所においてである。総本社の大山祇神社は瀬戸内海の大三島に鎮座し、境内には樹齢を重ねた楠の群が茂る。山を神体とする社では、社殿より山そのものが拝む対象であり、山岳信仰の受け皿としてこの神の名が用いられてきた。
象徴として押さえるべきは、名が「山」であって特定の山ではないという点である。富士も大山も浅間も、それぞれ固有の山の神を持ちながら、オオヤマツミの名で括られてきた。土地ごとの山の神が、一つの神名のもとに集約されていく過程が、この神の広がりの実質である。
系譜と関係
草と野の神である鹿屋野比売神とのあいだに、天之狭土神・国之狭土神をはじめとする四対八柱の神を生んだとされる。母の記されない子も多く、ヤマタノオロチの段でクシナダヒメの父母となるアシナヅチ・テナヅチ、スサノオの妻となり年神とウカノミタマを生んだ神大市比売、そして大国主へつながる系譜に立つ木花知流比売がいる。娘のコノハナノサクヤビメとイワナガヒメは、天孫ニニギのもとへ嫁いだ。
娘たちを通して見ると、この神は神話の主要な系統のほとんどに接している。出雲へも、皇統へも、稲の神へも、その血は流れ込む。国津神の長として、天つ神を地上に受け入れる側に立つ神である。
文化的足跡
祀る社は、大山祇神社系が約900社、三島神社系が約400社、山神社系が約3000社を数える。総本社は愛媛県今治市の大三島に鎮座する大山祇神社で、静岡県の三嶋大社とともに三島信仰の中心をなす。新潟の中山間部に多い十二神社も、その多くが「十二様」としてこの神を祀るが、こちらは三島・大山祇信仰とは別系統の、土着の山の神の信仰と考えられている。
鉱山との結びつきも深い。鉱山を開くにあたって大山祇神を祀るのは通例であり、1940年の調査では三百を超える鉱山で祀られていた。愛媛の別子銅山、佐渡金山、そして三井三池炭鉱の万田坑に残る山ノ神祭祀施設は重要文化財に指定され、世界遺産「明治日本の産業革命遺産」の構成資産に含まれている。山を掘るという行為そのものが、山の神への祭祀を必要としたのである。
酒解神の名では京都の梅宮大社に祀られ、酒造の神としても信仰される。娘のコノハナノサクヤビメが天甜酒を醸したという伝えに由来する。
領分・別名
親・配偶者・子までを表示(全体はフル系図ページへ)。実線=主要伝承/点線=異伝・別系統。