ヴァールミーキ
アーディ・カヴィ(最初の詩人) · 蟻塚の者
『ラーマーヤナ』の作者とされる聖仙にして詩人。最初の詩人と称され、作中には登場人物としても現れている人物。
解説
概要
ヴァールミーキ(Vālmīki / वाल्मीकि)は、叙事詩『ラーマーヤナ』の作者とされる古代インドの聖仙にして詩人である。アーディ・カヴィ(最初の詩人)と称される。名は「蟻塚」を意味し、長い苦行のあいだに全身を蟻塚に覆われたという説話に由来する。作者でありながら、作中に登場人物としても現れる。
神話・物語
生涯については確かなことがほとんど分かっておらず、活動時期も紀元前5世紀から前1世紀のあいだと幅をもって推定される。
広く語られる伝記は次のとおりである。彼はもと森に住む盗賊で、通りかかる者を襲って身ぐるみを剥いでいた。あるとき聖仙ナーラダを襲おうとしたところ、逆に諭される。家族のために罪を犯していると言う彼に、ナーラダは、その罪を家族が分かち合ってくれるかと問うた。家に帰って尋ねると、誰も応じる者はいない。罪は自分一人のものであると悟った彼は、ナーラダの授けた真言を唱えながら瞑想に入り、そのまま長い年月が過ぎて全身が蟻塚に覆われた。塚から現れた彼は、ヴァールミーキ(蟻塚の者)と呼ばれるようになったという。
詩の起源を語る説話も名高い。森を歩いていた彼は、交わる一対のサギの片方が猟師の矢に射られるのを見た。残された一羽の嘆きに心を打たれ、思わず猟師を呪う言葉を発する。その言葉が期せずして一定の韻律を成しており、これがシュローカ(詩節)の始まりであった。哀しみ(ショーカ)から詩節(シュローカ)が生まれたという語呂合わせが添えられる。のちにナーラダからラーマの物語を聞き、ブラフマーの勧めによってこれを叙事詩として編んだ。
『ラーマーヤナ』のなかでは、追放されたシーターを自らの庵に迎える者として現れる。彼女はそこでクシャとラヴァの双子を産み、二人は彼のもとで育って『ラーマーヤナ』を暗誦し、やがてラーマの前でこれを歌う。作者が作中で自作を弟子に教えるという入れ子の構成になっている。
図像と象徴
長い髭と結い髪の聖仙として、多くは筆記の姿勢で描かれる。傍らに蟻塚を配する作例もある。象徴となるのは蟻塚であり、動かずに在り続けたことが名となり、詩人としての出発点となった。
系譜と関係
出自には諸説あり、聖仙プラチェータスの子とする伝え、猟師あるいは低い身分の家に生まれたとする伝えがある。師はナーラダ。『マハーバーラタ』の作者とされるヴィヤーサと並べて論じられるのが通例で、二人はインドの二大叙事詩をそれぞれ担う対をなす。
文化的足跡
『ラーマーヤナ』は南アジアから東南アジアに至る広大な範囲で受容され、無数の翻案を生んだ。その原型を編んだ者として、彼はインド文学史の起点に置かれる。ヴァールミーキ・ジャヤンティは各地で祝われ、とくに北インドでは祝日となっている。
近現代のインドでは、彼が低い身分の出身であったとする伝えが強調され、ヴァールミーキ派と呼ばれる集団が彼を祖と仰いでいる。文学の始まりを担った者が社会の周縁から現れたという理解であり、ダリト運動の文脈でもしばしば言及される。もっとも出自をめぐる伝承は文献によって一致しておらず、この読み方は近代以降に定着したものである。