グウィディオン
グウィジオン · グイディオン · Gwydion ap Dôn
中世ウェールズ『マビノギ四枝』第四枝の魔術師。戦を仕組み、姉に禁忌を課された甥スェウを詐術で守り抜き、花から妻を作り出した。
解説
概要
グウィディオン(Gwydion fab Dôn、「ドーンの子グウィディオン」)は、中世ウェールズの物語集マビノギオン所収『マビノギ四枝』第四枝に登場する魔術師である。グウィネズの王マースの甥にあたり、アリアンロッドの兄弟、そして甥スェウ・スァウ・ゲフェスの後見人として物語の全体を動かす。ブリテンの三題詩、『タリエシンの書』、『墓の詩節』にも名が現れる。
名は「木々から生まれた者」と解されることがある。第四枝の彼は、魔術と詐術と物語りを同じ一つの技として用いる人物であり、英雄でも悪人でもないトリックスターとして描かれている。
神話・物語
発端は弟ギルヴァイスウィの恋である。ギルヴァイスウィは、マースの足を支える処女ゴイウィンに執心した。マースは戦時でなければ処女の膝に足を預けていなければ死ぬ身であり、王が宮廷を離れなければ機会はない。そこでグウィディオンは南北に戦を起こす策を立てる。
彼は吟遊詩人を装ってダヴェドの王プリデリの宮廷に赴き、語りで王を魅了したうえで、異界から贈られた豚を、魔法で作り出した馬と犬に交換させた。詐術が露見してプリデリはグウィネズに攻め上る。マースが出陣したその隙に、ギルヴァイスウィはゴイウィンを犯した。戦はグウィディオンとプリデリの一騎打ちで決し、アルズイのイ・ヴェレン・リッドで、力と武勇と魔術によってグウィディオンが勝った。
帰還したマースはゴイウィンを妃に迎えて名誉を回復させ、甥たちには罰を下す。二人は一年ごとに鹿、猪、狼のつがいに変えられ、毎年一頭の子を産んで王のもとへ送った。ヒッズン、ヒフッズン、ブレイズンの三頭である。三年ののち人の姿に戻された彼らに、マースは新しい足持ちを問う。グウィディオンが推したのが妹アリアンロッドであった。
試験でアリアンロッドが産み落とした二人目の子を、グウィディオンは誰の目にも触れぬうちに拾い上げ、寝台の足もとの櫃に収める。やがて泣き声を聞いて開けると男児がいた。この子に、母は名を与えず、武器を持たせず、この世の種族から妻を得させないという三つのトゥンゲズ(禁忌)を課す。グウィディオンは靴屋に変装して名を言わせ、吟遊詩人に扮して幻の艦隊を海に浮かべ、武具を渡させた。三つ目は、マースとともに樫と金雀枝とセイヨウナツユキソウの花から女を作り出すことで越えた。ブロダイウェズである。
そのブロダイウェズがグロヌ・ペブルと通じてスェウを謀殺しようとしたとき、槍に討たれたスェウは鷲に変じて飛び去った。グウィディオンは豚の跡を追ってこれを探し当て、樫の梢に瀕死の鷲を見つける。三つのエングリン(englynion Gwydion と呼ばれる詩節)を歌って鷲を枝から降ろし、人の姿に戻し、マースとともに看護して快復させた。逃げるブロダイウェズを追い詰めた彼は、殺さずに梟に変え、その名を負わせたまま昼の光から締め出した。
図像と象徴
古代・中世を通じて図像は伝わらず、当サイトも主画像を掲げない。近代の挿絵ではアーネスト・ウォールカズンズの「グウィディオン、プリデリを討つ」(1905年)が知られるが、当サイトではプリデリの項に掲げている。
物語が彼に与える標識は物ではなく技である。姿を変える力、無から馬と犬を作り出す力、そして語り。第四枝が彼を宮廷に入れる口実は常に「吟遊詩人」であり、豚を騙し取るときも、武具を出させるときも、まず物語を語って場を掌握する。中期ウェールズ語で語り手を指す cyfarwydd という語がそのまま彼に用いられている点は、この人物の性格をよく示す。木々を戦士に変えるという主題も繰り返し現れ、天の川はウェールズ語で「グウィディオンの城(カエル・ウィディオン)」と呼ばれた。
系譜と関係
母はドーン、弟はギルヴァイスウィとアマイソン、姉妹はアリアンロッド。叔父はマース。甥のスェウとは、後見人と被後見人という以上に深く結ばれて描かれる。
第四枝はスェウの父を明示しない。10世紀の「ハーレイ系譜」がスェウ(Lou Hen)をグウィディオン(Guidgen)の子とすることから、より古い形ではグウィディオンが姉の子らの父であったとみる説が古くからある。日本語圏の紹介では近親相姦が事実のように書かれることがあるが、原典に記述はなく、あくまで系譜資料からの推定である。
『タリエシンの書』の詩「木々の戦い(カド・ゴゼイ)」は、ドーンの子らとアンヌンの軍勢の戦いを伝える。アマイソンが異界の王アラウンから白い牡鹿と犬を盗んだことが発端とされ、グウィディオンはスェウの助けを得て木々と菅を戦士として立ち上がらせ、名を言い当てることのできない敵将の名を、盾に挿された榛の枝から見破ったという。
文化的足跡
第四枝は、四つの枝のなかで最も魔術の色が濃い。その中心にいるグウィディオンは、後世のウェールズ詩でしばしば魔術と詩の両方を体現する者として引かれ、ロバート・グレイヴズ『白い女神』のような近代の詩論にも素材を提供した。20世紀以降のファンタジー小説では、この人物を下敷きにした魔術師像がくり返し作られている。原典の彼は、しかし善悪の枠には収まらない。戦を起こして人を死なせ、女を辱める片棒を担ぎ、それでいて甥のためには自らを危うくして鷲を樹から呼び戻す。第四枝の面白さは、その両方を同じ一人として書いている点にある。