マントゥス
マンス · manθ · マント
エトルリアの冥界神。ローマ人はディス・パテルのエトルリア名として伝え、マントヴァの地名の由来ともされた。図像は伝わらない。
解説
概要
マントゥス(Mantus、エトルリア語 manθ)は、エトルリア神話で冥界を司る神である。ローマ側でこの名を伝えるのは注釈家セルウィウスで、「エトルリアの言葉ではディス・パテルをマントゥスと呼ぶ」と記す。エトルリア語の碑文にも manθ の名が現れるが、まとまった伝承は残らず、その性格は断片からしか窺えない。
神話・物語
語られる物語はない。伝わるのは名と、名の広がりである。
セルウィウスによれば、この名は主にポー川流域のエトルリア(エトルリア・パダーナ)で用いられた。ただし南イタリアのポンテカニャーノの聖域からも、古拙期にさかのぼる manθ への奉献が出土しており、分布は北イタリアに限られない。
古代以来、この名はマントヴァ(エトルリア語 Manthva)の地名の由来とされてきた。ウェルギリウスの生地であり、詩人自身が『アエネーイス』第10巻でこの町の起源に触れている。もっとも、地名から神名を導いたのか、その逆なのかは決めがたい。
対となる女神はマニア(エトルリア語 mania)と伝えられる。死者と亡霊の女神で、ラレースやマーネースの母とも言われた。マントゥスとマニアという対の名が、ローマ人の言う死者の霊マーネースと同じ語根に連なることは古くから指摘されている。ラテン語のマーニア(狂気)、ギリシア語のマニアーも同源で、いずれも印欧祖語の「思う」を意味する語根にさかのぼる。
図像と象徴
この神を描いたと確認できる作例はない。エトルリアの墓室壁画に現れる冥界の主は、ギリシアのハーデースを受けたアイタの名で記されており、マントゥスの名を伴う図像は知られていない。本項に主画像を掲げていないのは、この事情による。
系譜と関係
ローマの著述家にとって、マントゥスはディス・パテルのエトルリア名であった。冥界の鬼神カルンを、この神とマニアに仕える者と見る整理も、近代の研究者によって行われている。
近年の研究には、マントゥスをエトルリアの神シュリ(ラテン名ソーラーヌス)の添え名の一つとし、ウェーヨウィス、カル、アイタなどとともに一柱の神の別名として束ねる立場がある。碑文と図像からの再構成であって、古代の資料がそう述べているわけではない。セルウィウスが伝えるのは「ディス・パテル=マントゥス」という等式のみである。名の数だけ神がいたのか、一柱の神が場面ごとに別の名で呼ばれたのか——エトルリア宗教の史料状況では、この問いに確答を出しにくい。
文化的足跡
神格そのものよりも、マントヴァという地名を通じて名が残った。ダンテ『神曲』地獄篇第20歌は、この町の起源を予言者マントーに帰す別系統の伝説を語っており、神名由来説と並び立っている。ウェルギリウスの生地の名の由来をめぐる問いは、中世を通じて繰り返し論じられた。