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カオス
PLATE — ΧΆΟΣ
HELLAS · ギリシア神話
ΧΆΟΣ

カオス

ケイオス · カーオス · Khaos

Lorenzo Lotto/Giovan Francesco Capoferri PUBLIC DOMAIN

ギリシア神話で最初に生じた原初神。名は「口を開けた空隙」を意味し、無秩序の意ではない。ヘーシオドス『神統記』では、そこからエレボスとニュクスが生まれた。

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解説

概要

カオス(Χάος / Kháos)は、ギリシアの宇宙開闢神話で最初に生じたとされる原初神である。ヘーシオドス『神統記』は、まず最初にカオスが生じた、と述べる。

語は「大きく口を開ける」を意味する動詞カイノーと同根で、裂け目・空隙・深淵を指す。印欧祖語の同じ語根から英語の yawn(あくび)も出ている。したがって原義は「無秩序」ではない。今日の「カオス=混沌・混乱」という語義はローマ期以降に生じたものであり、ヘーシオドスの語に読み込むと意味が反転する。

神話・物語

『神統記』でカオスに続いて生じるのは、ガイア(大地)、タルタロス(奈落)、そしてエロース(愛)である。ただしヘーシオドスは、この三者がカオス「から」生まれたとは書いていない。明確にカオスの子とされるのはエレボス(幽冥)とニュクス(夜)の二柱だけで、さらにその二柱からアイテール(高天の澄んだ気)とヘーメラー(昼光)が生まれる。ガイアやエロースをカオスの子とする系図は広く流布しているが、原典の記述を超えている。

カオスは神格であると同時に場所でもある。『神統記』のテューポーン退治では、ゼウスの雷霆が及ぶ範囲としてカオスが挙げられ、大地・大洋・上天と並ぶ世界の一区画として扱われる。地下にあるがタルタロスよりは上、と読める箇所もあり、大地の上方に開いた裂け目と解するか、大地を支える下方の空隙と解するかで、古来解釈が割れてきた。

他の系統も残る。アリストパネス『鳥』(前414年)の宇宙開闢では、初めにカオス・ニュクス・エレボス・タルタロスがあり、ニュクスがエレボスの懐に産んだ卵から黄金の翼のエロースが孵る。オルペウス系の神統記には、カオスを蛇の姿をした時の神クロノス(Chronos。ティーターンのクロノスとは別)の子とするものがある。ヒュギーヌス『神話集』は、霧カリーゴーからカオスが生じたとする。ヘーシオドスの版が古代を通じて唯一の標準だったわけではない。

哲学の側でもカオスは論題であった。アリストテレスは『自然学』で、ヘーシオドスのカオスを「場所」と読む解釈を検討し、空虚の存在を主張する原子論者への反証材料として扱っている。神話の語が、そのまま空間論の術語として引き継がれている。

図像と象徴

カオスには神殿も祭祀も知られず、古代の図像も存在しない。虚空を描く手立てがないという理由もあるが、それ以上に、カオスは祈願の相手ではなかった。ガイアやニュクスが供犠と図像を持つのに対し、カオスは系譜の起点として名を呼ばれるだけの神である。図像がないこと自体が、この神の性格を示している。

本ページの主画像は、ロレンツォ・ロットの下絵によりジョヴァン・フランチェスコ・カポフェッリが制作した木象嵌《マグヌム・カオス》(1524年頃、ベルガモのサンタ・マリア・マッジョーレ聖堂内陣)である。放射する光の中心に多眼の顔を据えたこの図は、ルカ福音書の「大いなる淵」を主題とするキリスト教・ヘルメス思想の文脈に属し、ギリシアの祭祀図像ではない。ギリシアのカオスを視覚化した古代の作例が実質的に存在しないため、後世の解釈の一例として掲げている。

系譜と関係

親を持たず、配偶神もない。子とされるのはエレボスとニュクスの二柱である。

世界の始まりに空隙や闇や水を置く発想は、各地の宇宙開闢神話に見られる。北欧神話では、ムスペルヘイムとニヴルヘイムのあいだにギンヌンガガプという裂け目が口を開けている。エジプトでは原初の水ヌンがすべてに先立つ。メソポタミアの『エヌマ・エリシュ』では、ティアマトとアプスーの混じり合った水から神々が生じる。中国の渾沌は、『荘子』で七つの穴を穿たれて死ぬ帝として現れる。

ただし、これらを同一の神の異名として扱うことはできない。ギンヌンガガプは擬人化されず、ヌンとティアマトは水であって空隙ではなく、渾沌は寓話の登場人物である。共通しているのは「秩序に先立つ状態をどう語るか」という課題の側であって、答えの中身ではない。

文化的足跡

語義が動いたのはローマ期である。オウィディウス『変身物語』は冒頭で、天地の分かれる前を、あらゆる元素が入り混じった形なき塊と描き、これをカオスと呼んだ。空隙が、中身の詰まった混合物に変わっている。この用法が中世からルネサンスの錬金術に受け継がれ、パラケルススはカオスの語をほぼ元素と同義に用いた。

17世紀のヤン・ファン・ヘルモントは、このパラケルスス的なカオスから gas(気体)の語を造った。ギリシア語の χ をオランダ語風に読んだ綴りである。

英語で「まったくの無秩序」の意味が定着するのは16世紀以降で、20世紀の力学系理論が非周期的なふるまいを指して「カオス」の語を採用したのは、さらにその派生にあたる。

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領分・別名

親・配偶者・子までを表示(全体はフル系図ページへ)。実線=主要伝承点線=異伝・別系統

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資料

Wikidata
Q131090 — 骨格データの出典
Commons
Chaos (cosmogony) — 図像カテゴリ