エロース
エロス · アモル · クピードー
ギリシア神話の愛と欲望の神。古い宇宙論では世界を動かす根源の力、後の詩人のもとでは弓矢を執る悪戯な少年として語られた。ローマではクピードーと呼ばれる。
解説
概要
エロース(Ἔρως / Eros)は、ギリシア神話の愛と欲望の神である。その名は「恋・欲望」を意味する。古い宇宙論では世界を動かす根源の力として、後の詩人たちのもとでは弓矢を執る悪戯な少年として——相異なる二つの姿で語り継がれてきた。ローマではクピードー(アモル)と呼ばれた。
神話・物語
エロースの出自ほど、伝承の割れる主題も少ない。ヘシオドスの神統記では、カオス、ガイア(大地)らと相前後して最初に生じた神々の一柱に数えられ、「四肢を萎えさせ、思慮を奪う」(第120行)根源の力、万物を結び合わせる生成の原理とされる。オルペウス教の宇宙論では、時(クロノス)がカオスの胎に置いた世界卵から両性具有の姿で孵ったと語られ、プラトンも『饗宴』で最も古き神と呼ぶ。
いっぽう後代の詩人たちは、エロースを美と愛の女神アプロディーテーの子とした。父はと問えば、シモニデスは軍神アレースを、別の伝えはヘルメースやゼウスを、サッポーは天空神ウラノスを挙げて、定まらない。ここから「複数のエロース」を説く者さえ現れた。いずれにせよこの神は、金の弓から放つ矢で神も人も見境なく恋に落とす——ゼウスでさえ抗えぬ力の持ち主として描かれる。
図像と象徴
古典期の壺絵では、エロースは翼をもつ美しい若者として、しばしば薔薇の冠をいただいて表された。前4世紀、プラクシテレスがテスピアイの聖域のために刻んだエロース像は名高く、ローマ期の模刻を通じて今日に伝わる。ヘレニズム期(前300年頃以降)になると、その姿はふくよかな幼児へと転じ、これがローマのクピードー、さらには後世ヨーロッパ美術の翼ある童子(プット)へと連なった。弓と矢筒、松明、翼、そして薔薇が、この神を見分ける徴である。
系譜と関係
根源のエロースには親がなく、後代のエロースはアプロディーテーの子として、母につき従う恋の神とされた。欲望の神ヒメロス、返愛の神アンテロスら「エロテス」と呼ばれる愛の神々の一群をなす。最もよく知られる物語が、人間の娘プシュケーとの恋である。ラテン語作家アプレイウスの『黄金の驢馬(変身物語)』が、クピードーとプシュケーの名でこれを一篇の物語として伝えた。本サイトが掲げるブグローの画《プシュケーの略奪》は、この愛の情景を近代の油彩に描いたものである。
文化的足跡
ローマのクピードーとして受け継がれたこの神の弓矢は、恋に落ちる不意打ちの比喩として、古代以来おびただしい詩に歌われた。翼ある童子の図像はルネサンス以降の西洋美術に満ち、今日ではバレンタインの天使や、ゲーム・アニメの登場人物としても親しまれている。
領分・別名
親・配偶者・子までを表示(全体はフル系図ページへ)。実線=主要伝承/点線=異伝・別系統。