アウローラ
アウロラ · エーオース(ギリシア)
ローマ神話で夜明けを司る女神。ギリシアのエーオースにあたり、太陽の兄ソールに先立って天を渡る。神殿も祭日も持たない、ラテン詩が育てた存在である。
解説
概要
アウローラ(Aurōra)は、ローマ神話で夜明けを司る女神である。名はラテン語で「曙」そのものを指し、印欧祖語の暁の女神 *h₂éusōs にさかのぼる。ギリシアのエーオース、ヴェーダのウシャスと同じ祖形から分かれた名であり、この一群は比較神話学が印欧語族に共通の神格を認める数少ない例にあたる。
ただしローマには、彼女の神殿も祭日も伝わらない。アウローラは祭祀の神ではなく、ラテン詩が磨き上げた存在である。ローマで実際に朝を司る祭祀を受けたのは、マートゥータであった。
神話・物語
物語はギリシアから受け継がれ、ローマの詩人によって彫琢された。トロイアの王子ティートーノスを愛したアウローラはユーピテルに彼の不死を乞うたが、若さを願い忘れたため、彼は死ねぬまま老い衰えた。オウィディウス『変身物語』は、縮んでいく身体が最後に蝉になったと結ぶ。
二人の子メムノーンはトロイア戦争でアキレウスに討たれる。オウィディウスは、火葬の煙から鳥の群れが生まれ、毎年その墓の上で闘って死ぬと語り、朝ごとに降りる露を、いまも子を悼む母の涙とした。この結びつけはローマ期に広く知られていたらしく、エジプトのテーバイに立つ巨像が夜明けに鳴ると評判になったとき、旅人たちはそれをメムノーンが母に呼びかける声と受け取り、台座に詩を刻みつけている。
猟師ケパロスをさらった話も、オウィディウスの手で、夫婦の猜疑が妻の死を招く悲劇へ展開された。
図像と象徴
古代ローマの美術は、アウローラをエーオースと区別して描かない。彼女の図像が独自に花開くのは、むしろ近世である。翼を持ち、あるいは二頭立て・四頭立ての車を駆り、サフラン色の衣をひるがえして花を撒きながら太陽の車を先導する——この定型は、17世紀ローマの天井画で完成した。
グイド・レーニがロスピリオージ荘のために描いた《アウローラ》(1614年)では、女神が朝の光そのものとなって先を舞い、その後ろにアポッローンの四頭立てと季節の女神たちが続き、松明を掲げる明けの明星が先導する。数年後、グエルチーノは同じ主題を、天井を開いた空に見せる激しい遠近法で描き直した。天井を空と見なす装飾の伝統において、夜明けの女神は最も好まれた題材のひとつとなる。
ラテン詩が繰り返した「サフラン色の臥所を離れる」という形容は、この衣の色として図像に定着した。
系譜と関係
系譜には揺れがある。オウィディウスは彼女をティーターンのヒュペリオーンの娘とする一方、別の箇所では「パッランティス」——パッラースの娘——と呼ぶ。兄妹は太陽のソールと月のルーナ。夫はティートーノス、子はメムノーンである。ギリシアの詩人がエーオースを四方の風の母としたのに対し、ラテン詩人がこれに倣うことは稀であった。
ギリシアのエーオースとは、同一視であると同時に言語上の同源でもある。名の系統をたどれば、古英語のエオストレ、ヴェーダのウシャス、バルトのアウシュリネーが同じ祖形から分かれた姉妹形にあたる。ただし共有されているのは名と「夜明け」という機能であって、物語の内容までが共通するわけではない。
文化的足跡
「ティートーノスのサフラン色の臥所を離れるアウローラ」というウェルギリウスの句をはじめ、ラテン詩の夜明けの定型はヨーロッパの詩語に深く入り込んだ。年老いたティートーノスの主題は、不死と若さは別のものだという苦い認識として、テニスンに至るまで繰り返し取り上げられている。極地の夜空に立つ光をオーロラ(aurora borealis、北の曙)と呼ぶ学術語が定着したのは17世紀のことで、女神の名は自然現象の名として残った。
領分・別名
親・配偶者・子までを表示(全体はフル系図ページへ)。実線=主要伝承/点線=異伝・別系統。