エオストレ
エーオストレ · オスタラ · エオストレー
アングロサクソンの女神。ベーダが8世紀に四月の月名の由来として記した。名は印欧祖語の曙の女神に遡り、英語の Easter の語源でもある。
解説
概要
エオストレ(古英語 Ēostre)は、アングロサクソンの女神である。北欧神話の神ではなく、キリスト教化以前のイングランドの信仰に属する。本サイトでは体系区分の都合上ゲルマン系の項目としてまとめているが、資料も伝承もまったく別系統である。
伝えるのは一つの文献だけである。8世紀のベーダ・ヴェネラビリスは『時の計算について』のなかで、四月にあたる月をエオストゥルモーナス(「エオストレの月」)と呼び、異教徒のイングランド人がこの月に彼女を祀って祝宴を開いたと記した。そしてこの月名が、のちに復活祭を指す英語 Easter となった。
名は古高ドイツ語 オスタラ、古サクソン語 アーステロンと同源で、ゲルマン祖語 Austrōn に遡る。さらに印欧祖語 h₂ews-reh₂、語根 *h₂ews-(輝く、赤く燃える)に連なる。英語の east も同じ語根から出た。したがってこの名は、ヴェーダのウシャス、ギリシアのエーオース、ローマのアウローラと遠い親戚にあたる、印欧語族の曙の女神の名である。
神話・物語
物語は一つも伝わらない。ベーダが書いたのは月名の由来と祝宴の存在だけであり、それ以外の記述は存在しない。系譜も、持物も、逸話もない。
したがってこの項目で語りうるのは、伝承ではなく、この名をめぐる議論の歴史である。
図像と象徴
古代の図像はない。本サイトが掲げるのは、ヨハネス・ゲールツが1884年頃に描き、フェリクス・ダーン『ヴァルハラ——ゲルマンの神々と英雄の物語』(1901年)に収められた《オスタラ》である。ローマ風の天使に囲まれ、光を放ちながら天を行く女神を、地上のゲルマン人が仰ぎ見るという構図をとる。
この絵は資料ではなく、19世紀ドイツの国民的ロマン主義がヤーコプ・グリムの再構成を視覚化したものである。ベーダの一節から、ここまでの情景は導けない。図像の不在を近代の想像力が埋めた典型例として見るべきものである。
ウサギと卵との結びつきは、今日きわめて広く流布しているが、古代の証拠はない。この結びつきを最初に述べたのはアドルフ・ホルツマン(1874年)で、「復活祭のウサギは私には説明がつかないが、おそらくウサギはオスタラの聖獣だったのだろう」と書いた。彼はさらに「ウサギはかつて鳥だったにちがいない、卵を産むのだから」とも述べており、この一文から「女神が鳥をウサギに変えた」という物語が近代に組み立てられていく。民俗学者スティーヴン・ウィニックによれば、1900年頃には多くの通俗書がこの話を「神話のなかでも最も古い話の一つ」として紹介していた——実際には二十年も経っていなかったにもかかわらず。
復活祭の卵についても、人類学者クリスタル・ダコスタは女神との関係を示す証拠はないとする。卵は1世紀にはすでにキリスト教の再生の象徴となっており、四旬節に卵食が禁じられた中世ヨーロッパの慣行こそが、卵と復活祭を結びつけたと論じている。
復活祭のウサギ(オスターハーゼ)の最古の記録は、1678年に南西ドイツで医学教授ゲオルク・フランク・フォン・フランケナウが記したものである。18世紀まで他地域では知られていなかった。
系譜と関係
系譜は伝わらない。名の系統だけが残っている。
同源の名を持つ曙の女神として、ヴェーダのウシャス、ギリシアのエーオース、ローマのアウローラ、リトアニアのアウシュリネーが挙げられる。『印欧文化事典』は、名の一致と、曙の女神をめぐる神話表現の類似の双方から、印欧祖語に *h₂éusōs という曙の女神を立てうるとする。バルト・ギリシア・インド=イラン語派では、彼女が「天の娘」と呼ばれる点も共通している。
グリムは、『ギュルヴィたぶらかし』に現れるアウストリという男性の存在に触れ、これを「光の精」と呼んで、その女性形が *Austra であったはずだと述べた。ただし高地ドイツ語圏とサクソン圏には女性形しか現れない。
文化的足跡
この女神が実在したかどうかは、長く争われてきた。1892年にチャールズ・ビルソンが整理したところでは、W・グリム、ヴァッカーナーゲル、ジムロック、ヴォルフは実在を認め、ヴァインホルト、ハインリヒ・レオ、ヘルマン・エースレは言語学的な理由で退けていた。クーンは「アングロサクソンのエオストレはベーダの発明のように見える」と述べ、マンハルトは「語源上の機械仕掛けの神」として斥けている。ビルソン自身は、問題は結局ベーダの信頼性にかかるとしたうえで、672年生まれの彼が、まだ絶えて間もない在来の女神の名を知る機会はあったはずだと論じた。
議論を変えたのは1958年の発見である。ドイツのモルケン=ハルフ近郊で、2〜3世紀のローマ=ゲルマン系の奉献碑文が150点以上出土した。宛先は「マートローナエ・アウストリアヘナエ」——三柱一組の女神たちである。名は austri- の語幹に発しており、ゲルマン語であればエオストレと同源にあたる。1966年以降、この碑文とエオストレを結びつける議論が行われるようになった。これ以後の研究では、この女神を実在の異教の神格とみるのが一般的である。
ただし性格については見解が割れている。ルドルフ・ジメクは、ゲルマンの女神と母神はおおむね繁栄と成長に結びつくことを理由に、「曙の女神」ではなく「春の豊穣の女神」を想定すべきだとする。フィリップ・A・ショーは2011年に、機能から解釈する立場そのものを退け、名の語源が示すのはむしろ信仰者との地縁的・社会的な関係のほうだと論じた。これに対しリチャード・サーモンは2022年、ショーは月名と祭の時期というベーダの唯一の手がかりを無視していると批判する。月名が「東・東方」と「月」の合成なら、春分の日の出とそれに最も近い満月が地平線の最も東寄りに現れるという事実が、月名と時期の双方を説明する——という反論である。
イングランドにはイースタリー、イーストリー、イーストリントンなど、この語幹を含む地名が残る。ドイツでは Ostermonat という月名が18世紀まで生き延びた。近代のゲルマン系ネオペイガニズムでは、春分の祭をオスタラと呼んで祀る。名だけが伝わった女神が、名を通じて生き延びた例である。