ディケー
ディケ · Dikē · Dike
ギリシア神話の正義の女神。ゼウスとテミスの娘でホーラー三姉妹の一人。人の不正を父ゼウスに訴える役を担う。
解説
概要
ディケー(Δίκη / Dike)は、正義を擬人化したギリシアの女神である。ゼウスとテミスの娘で、ホーラー三姉妹の一人にあたる。姉妹は秩序のエウノミアーと平和のエイレーネー。ギリシア語のディケーは「裁き」「訴訟」「正義」を意味する普通名詞でもある。
母テミスが神々の掟を司るのに対し、娘ディケーが受け持つのは人の世の裁きである。法が神の側と人の側の二層に分かれ、それを母と娘が分担するという構図になっている。
神話・物語
固有の物語は少ない。この女神の務めは、人類を見守り、人が不正を働いたときにこれをゼウスに訴えることである。ヘーシオドス『仕事と日』は、曲がった裁きが下されるとディケーが引きずり回されて泣き叫び、その報いが町全体に降りかかると歌う。裁く神ではなく、不正を告発する神という位置づけである。
ヘーシオドスとエラトステネースが伝えるところでは、この女神はもともと人間たちとともに地上で暮らしていた。人が悪心を抱くようになると独り山中に隠れ、それでも人倫の荒廃が止まず戦争と内乱が起こるに至って、すっかり失望して天へ去った。天に上げられたその姿がおとめ座である(カタステリスモス)。この筋は後代しばしばアストライアーの物語として語られ、さらにローマではユースティティアに移された。三つの名が同じ話を分け合っている。
対立する存在も設定された。不正を擬人化したアディキアーである。前6世紀のコリントス式の箱(キュプセロスの櫃)にディケーがアディキアーを打ち据える場面が描かれていたと、パウサニアースが伝える。
図像と象徴
ディケーの標識は天秤である。「もし神が正義(ディケー)の秤を水平に保っていたなら」という詩句が示すように、釣り合う秤がそのままこの女神を表した。ローマのユースティティアの天秤も、この系譜に連なる。
ただし、名を添えた古代の作例は乏しい。抽象名詞の神格に共通する事情であり、銘のない女性像からディケーを識別することは難しい。アディキアーを打つ場面は文献に記録が残るのみで、現物は失われている。本項では主画像を置いていない。
系譜と関係
父ゼウス、母テミス。姉妹にエウノミアー、エイレーネー。モイライとも姉妹とされる。アストライアーと同一視され、ローマのユースティティアに対応する。法と誓約の神のファセットのなかでは、掟を定める側ではなく、掟が破られたことを告発する側に立つ。
文化的足跡
小惑星帯の99番小惑星ディーケにその名が与えられている。近代の法哲学において「ディケー」は、実定法に対する自然法的な正義を指す語として用いられることがあり、神格の名が学術用語へ転じた例の一つとなっている。