ヘスペリデス
ヘスペリス · アトランティデス · アイグレー
ヘーラーの黄金の林檎の園を守るギリシアのニュンペーたち。名は「夕(ヘスペロス)に発する」を意味する。親も人数も名も資料によって異なる。
解説
概要
ヘスペリデス(Ἑσπερίδες)は、ギリシア神話のニュンペーたちである。ヘーラーの園を世話し、そこには黄金の林檎をつける樹が育つ。
父とされるアトラースにちなんでアトランティデスとも呼ばれた。
名は「ヘスペロス(夕)に発する」を意味する。ヘスペロス——ラテン語ではウェスペル——は宵の明星(すなわち金星)の名の由来であり、英語の west(西)とも語根を共有する。
神話・物語
親も人数も名も、資料によって異なる。
夜(ニュクス)の娘とされることもあり、その場合は単独で、あるいは闇(エレボス)とのあいだの娘とされる。最東のコルキスにおいてエーオースがティーターンのヒュペリーオーンの娘であるのと対をなす配置である。アトラースとヘスペリスの娘、ポルキュースとケートーの娘、あるいはゼウスとテミスの娘とする資料もある。セルウィウスは『アエネーイス』註解で、ヘスペロスの娘とする伝えを記録した。
ロドスのアポローニオスは三人とし、アイグレー、エリュテイス、ヘスペレー(ヘスペラー)と名を挙げる。ヒュギーヌス『ファーブラエ』は二人を挙げてアイグレーとヘスペリエーとする。アポロドーロスは四人とし、アイグレー、エリュテイア、ヘスペリア、アレトゥーサとする。歴史家ディオドーロスは七人とするが名を伝えない。
図像における名はさらに異なる。メイディアスのヒュドリアには、アステロペー、クリュソテミス、ヒュギエイア、リパラの名が記される。アステアスのレーキュトスには七つの名——アイオピス、アンテイア、ドナキス、カリュプソー、メルメーサ、ネリーサ、タラ——が与えられている。
最も名高い挿話は、ヘーラクレースの十二の功業の最後にあたる黄金の林檎の奪取である。園は竜ラードーンが守っていた。
図像と象徴
本サイトが掲げるのは、エドワード・バーン=ジョーンズ《ヘスペリデスの園》(1869年頃)である。ラファエル前派の解釈であり、古代の図像ではない。
象徴の中心は、西という方位である。ヘスペロス(夕)に発する名を持ち、世界の西の果てに園があり、そこで日が沈む。東のエーオース(暁)と対をなす配置が、この一群の位置を決めている。
黄金の林檎という主題も見逃せない。園を守る者たちでありながら、物語のなかでヘスペリデスが果たす役割は、守り切れないことである。ヘーラクレースは竜を殺すか、あるいはアトラースを使って林檎を得る。番人が敗れることによって、功業が完成する。
関わる神格・伝承
父はアトラース(あるいはニュクス、ポルキュース、ゼウス)。ラードーンとともに園を守る。プレイアデスとは異母姉妹とされることがある。
北欧神話のイズン——神々に若さを保つ林檎を与える女神——としばしば並べて論じられる。ただし両者を結ぶ史料上の根拠はなく、若さを保つ果実という主題の一致にとどまる。
文化的足跡
「ヘスペリデスの園」という句は、ヨーロッパの文学と美術において楽園の代名詞として用いられてきた。バーン=ジョーンズ、レイトン、ルーベンス——黄金の林檎の園を主題とする作例は多い。
日本語圏では、ヘーラクレースの十二の功業の一つとして名が挙がる程度である。しかし名も人数も一定しないという事実そのものが、ギリシア神話が単一の体系ではなく、複数の伝承の集積であることを示している。