アストライアー
アストラエアー · アストレア · Astraiā
「星乙女」を意味する名を持つギリシアの女神。人類の堕落に失望して最後に地上を去り、おとめ座になったと伝えられる。
解説
概要
アストライアー(Ἀστραία / Astraea)は、正義を司るとされるギリシアの女神である。名は「星のごとく輝く者」「星乙女」と解される。ゼウスとテミスの娘とする説と、星空の神アストライオスと暁の女神エーオースの娘とする説がある。ホーラー三女神の一柱に数えられ、正義の神格であるディケーと同一視された。
この女神を特徴づけるのは、人類の堕落に最後まで抗い、ついに地上を去ったという物語である。
神話・物語
オウィディウス『変身物語』が語る形が最もよく知られる。地上がサートゥルヌス(クロノス)に治められていた黄金の時代、気候はつねに温暖で、耕さずとも大地は実りをもたらした。人は満足し、文明も法律も必要とせず、おのずから平和に暮らした。
ユーピテルが父から政権を奪うと白銀の時代となり、四季が生じた。人は糧を得るために耕し、寒暑を避けるために家に住むようになる。続く青銅の時代には武器を手にして争いはじめ、最後の鉄の時代に至ってあらゆる悪行がはびこった。地下の資源を掘り出した人類は所有欲に駆られ、土地を私有し、海を越えて遠征するようになる。
アストライアーは、神々のうちで最後まで地上に留まって正義を訴え続けた。だが欲望のままの殺戮によって血に染まった地上を、ついに去る。そして天に輝く星となった。その姿がおとめ座であり、善悪を量るために持っていた天秤がてんびん座になったとされる(カタステリスモス)。
この筋は、ヘーシオドスとエラトステネースがディケーについて語る話と実質的に同じである。ヘレニズム以降の比較的新しい層で、ディケーの物語がアストライアーの名で語り直された、と考えるのが通説である。ローマではさらにユースティティアと重ねられた。三つの名が同じ一つの話を担っていることになる。
図像と象徴
有翼の女性として表されることがある。ただしアストライアーの名を添えた古代の作例は知られておらず、翼を持つ女神像はニーケーやイーリスとも判別しがたい。天秤を持つ姿も伝えられるが、これはディケーと共有する標識である。
図像を持たないまま名だけが伝わった神格であり、本項では主画像を置いていない。近世以降の絵画がこの女神を描く場合、その姿はユースティティアの型を借りている。
系譜と関係
父をゼウスとし母をテミスとする説と、父をアストライオス、母をエーオースとする説がある。後者に従えばボレアースら四方の風とは兄妹にあたり、名の「星」との結びつきも説明がつく。ディケー、ユースティティアと同一視される。
文化的足跡
「アストライアーの帰還」は、黄金時代の再来を告げる決まり文句としてヨーロッパの文学に定着した。ウェルギリウス『牧歌』第4歌が「乙女はいま帰り来る」と歌ったのがその源で、以後、新しい治世を寿ぐ場面で繰り返し用いられた。シェイクスピア『タイタス・アンドロニカス』も彼女に言及し、ラルフ・ワルド・エマソンは『アストライアー』と題する詩を残している。小惑星帯の5番小惑星アストラエアにもその名が与えられた。