ターラー(ラーマーヤナ)
ターラ · キシュキンダー王妃 · デウィ・タラ(ジャワ)
ヴァーリンの妃でアンガダの母。夫に決闘を止めるよう諫め、その死後は激した使者を鎮めて和解を導いた、賢明な猿族の王妃である。
解説
概要
ターラー(Tārā / तारा)は、叙事詩『ラーマーヤナ』に登場するヴァナラ(猿)族の女性で、キシュキンダーの王妃、ヴァーリンの妃、アンガダの母である。名は「星」を意味する。ヴァナラの医師スシェーナの娘とされる。知略と胆力に富み、夫に決闘を思いとどまるよう諫め、その死後は激したラクシュマナを鎮めて和解を導いた。名を唱えれば罪が消えるとされる五人の貞女(パンチャカニヤー)の一人に数えられる。
神話・物語
出自には複数の伝えがある。『ラーマーヤナ』本文ではヴァーリンが彼女を医師スシェーナの娘と呼ぶ。バーラ・カーンダの一部の異本は、彼女を神々の師ブリハスパティの娘とする。12世紀のタミル語『ラーマーヴァターラム』とテルグ語のランガナータ・ラーマーヤナムは、乳海攪拌の際にほかの天女とともに海から現れたとし、ケーララのテイヤム劇の伝統では、疲れた神々に請われてヴァーリンが攪拌を始めた途端に彼女が現れ、そのまま彼に贈られたと語る。
ヴァーリンとスグリーヴァのどちらの妃であったかについても伝本が分かれる。原典は先にヴァーリンに嫁いだとするが、ランガナータ・ラーマーヤナは神々を助けた褒賞として二人に共に与えられたとし、南インドの民話も同様に語る。ナラシンハ・プラーナやマハーナータカのように、もとはスグリーヴァの妃であったのをヴァーリンが奪ったとするものもある。タイの『ラーマキエン』、バリの舞踊やワヤンの伝統も後者に近い。いずれの版でも、アンガダが彼女とヴァーリンの子である点は共通する。
彼女の判断力が最も光るのは、決闘の場面である。スグリーヴァが挑んできたとき、その背後にラーマとの同盟があることを見抜いた彼女は、応じてはならぬと夫を諫めた。だがヴァーリンは聞き入れず、ラーマの矢に倒れる。夫の亡骸に取りすがる彼女の嘆きは、原典でも後代の再話でも最大の見せ場の一つである。多くの地方版では、貞節の力によってラーマに呪いをかけたとされ、逆にラーマが彼女を諭して悟らせるとする版もある。
王位に復したスグリーヴァが享楽に溺れて約束を果たさぬとき、怒ったラクシュマナがキシュキンダーを滅ぼそうと乗り込んできた。門前でこれを迎え、言葉を尽くして鎮め、ラーマとスグリーヴァの和解を成立させたのも彼女である。この一段以降、物語の舞台はランカーへ移り、彼女が語られることはほとんどなくなる。
図像と象徴
猿族の王妃として描かれる。1820年代のインド絵画には、子アンガダを伴って城門に立ち、怒れるラクシュマナを迎える場面を描いた作例がある。象徴となるのは言葉そのもので、この人物は一貫して、武ではなく弁によって事態を動かす。
系譜と関係
父は医師スシェーナ、夫はヴァーリン、子はアンガダ。夫の死後はスグリーヴァの妃となった。パンチャカニヤー(アハリヤー、ドラウパディー、クンティー、マンドーダリー、そして彼女)の一人であり、五人はいずれも通常の貞節の規範に収まらぬ境遇にありながら、その名を唱えることが罪を除くとされてきた。
文化的足跡
ジャワのワヤンの伝統では、彼女はデウィ・タラの名でインドラと妃ウィヤティの天女の娘とされ、姉妹デウィ・タリはラーヴァナ(ラフワナ)の妃であるという。インドの原典とは異なる系譜が独自に発達した例である。
近現代の論では、叙事詩における女性の発言力を示す例として彼女が挙げられることが多い。夫の判断を正面から否定し、敵方の英雄を諭し、激した王子を退けるという役を、叙事詩は迷いなく彼女に与えている。同じ作品においてシーターが語ることを許されなかった場面と対比して論じられることもある。