ペロプス
ペロプス · Pelops
タンタロスの子。父に切り刻まれて神々に供され、蘇生ののちに戦車競走でヒッポダメイアを得た。ペロポネーソス半島の名祖。
解説
概要
ペロプス(Πέλοψ / Pelops)は、リューディア王タンタロスの子で、ペロポネーソス(「ペロプスの島」)の名祖である。ピーサの王オイノマオスとの戦車競走に勝って王女ヒッポダメイアを娶り、その子孫がアトレウス家をなす。
彼は二度、他人の企みの対象になる。一度は父に切り刻まれて神々の食卓に供され、一度は競走の勝利を御者の裏切りによって得る。そして裏切った御者を殺し、その呪いを一族に引き受けることになる。アトレウス家の血の連鎖は、彼の代で二重に始まっている。
神話・物語
父タンタロスは神々の全知を試そうとして、彼を切り刻んで煮た料理を出した。デーメーテールだけが娘を奪われた直後で気づかず左肩を口にする。神々は釜から彼を蘇生させ、失われた肩は象牙で補われた。以後、彼の子孫には象牙の肩の徴があったとする伝えもある。ポセイドーンに愛されて天へ運ばれ、酌人を務めたともいう。
成長した彼はピーサの王オイノマオスの娘ヒッポダメイアを求めた。王は、娘の夫に殺されるという神託を恐れ、求婚者に戦車競走を課して敗れた者を殺していた。彼はポセイドーンから翼ある馬の車を得たとも、王の御者ミュルティロスを買収したとも伝えられる。ミュルティロスは車軸の留めを蝋のものに取り替え、走行中に車輪が外れてオイノマオスは死んだ。
約束の報酬を求めたミュルティロスを、彼は海へ突き落として殺す。落ちながら御者は彼と子孫に呪いをかけた。この海がミュルトーオン海と呼ばれるようになったという。競走の勝利は、買収と裏切りと殺害によって得られたものであった。
王となった彼はピーサとアルカディアを併せ、半島全体に勢力を広げてその名を与えた。オリュンピア祭の創始者とする伝えもあり、オリュンピアには彼の聖域ペロピオンがあって、黒い牡羊の犠牲が捧げられた。
図像と象徴
本ページの主画像はオリュンピアのゼウス神殿東破風の中央部分(前5世紀前半、オリュンピア考古学博物館)で、中央にゼウス、その左右にオイノマオスと彼が立ち、競走の直前の静止した瞬間を表す。ギリシア最大級の神殿が正面にこの主題を掲げたことは、彼が競技祭の起源として位置づけられていたことを示す。
陶画では戦車競走の場面が描かれた。ただし切り刻まれる場面も、ミュルティロス殺害も、古代の図像にはほとんど現れない。図像が選んだのは、勝利の由来ではなく勝利そのものであった。
系譜と関係
父タンタロス、母はディオーネーあるいはエウリュアナッサ。姉妹にニオベー。妻ヒッポダメイア、子にアトレウス、テュエステース、ピッテウス、アルカトオスら。ニュンペーとの子クリューシッポスは、アトレウスとテュエステースに殺された。
ピッテウスの娘アイトラーの子がテーセウスであり、アトレウスの子がアガメムノーンとメネラーオスである。ペロポネーソスとアテーナイの英雄が、いずれも彼に系譜を遡らせる。
文化的足跡
トロイア戦争では、彼の骨をトロイアへ運ぶことが落城の条件の一つに数えられた。ヘレノスが明かした三つの条件のうちの一つであり、死んだ王の遺骨が戦争の勝敗を左右するという構図は、オレステースやヘクトールの遺骨移送と同じ型に属する。
ペロポネーソス半島の名は今日まで残る。神話上の王の名が、実在の地理区分としてこれほど長く使われている例は多くない。