アトレウス
アトレウス · Atreus
ミュケーナイ王でアガメムノーンとメネラーオスの父。弟テュエステースの子らを殺して料理に供し、その報復の連鎖を生んだ。
解説
概要
アトレウス(Ἀτρεύς / Atreus)は、ペロプスとヒッポダメイアの子で、ミュケーナイの王である。アガメムノーンとメネラーオスの父にあたり、二人はしばしば「アトレウスの子ら(アトレイダイ)」と呼ばれる。
彼の名を残したのは統治ではなく、弟テュエステースへの報復である。相手の子らを殺し、それと知らせずに父親に食わせる——ギリシア神話でも際立って残虐なこの行為が、以後三代にわたる殺害の連鎖を生んだ。
神話・物語
異母兄弟クリューシッポスの殺害により、彼と弟は父ペロプスに追放され、ミュケーナイへ逃れた。王位が空いたとき、神託は「ペロプスの子を王とせよ」と告げる。
彼は、アルテミスに捧げるべき黄金の羊を隠し持っていた。羊を持つ者が王になるという触れを出したところ、弟が羊を差し出す。妻アエロペーが弟と通じ、ひそかに渡していたのである。王位は弟のものとなった。
ゼウスの助力により、彼は太陽が西から昇れば王位を返すよう提案する。太陽の運行が逆転し、王位は彼に戻った。追放された弟は復讐の機会を待つ。
やがて彼は和解を装って弟を招き、その子らを殺して料理に供した。食べ終えた弟の前に、彼は子らの首と手足を運ばせる。悟った弟は食卓を蹴倒して呪いを吐き、亡命した。神託を問うた弟は、実の娘に子を生ませればその子が復讐を果たすと告げられる。こうして生まれたのがアイギストスであり、彼はそれと知らずにこの子を我が子として育てた。
成長したアイギストスは出生の秘密を知り、彼を殺す。弟テュエステースが直接手を下したとする伝えもある。
図像と象徴
本ページの主画像は前340〜300年頃の南イタリアの赤絵式壺で、玉座から倒れる彼を描く。胸を刺した弟が剣を手に左へ去り、右には有翼の復讐女神エリーニュスが立つ。復讐が次の復讐を呼ぶことを、画面の中に女神を置いて示す構成である。
彼を主題とする古代の作例はきわめて少ない。饗宴の場面——料理として供された子ら——は、ギリシアの陶画がほとんど扱わなかった。同じ主題を避ける傾向は、タンタロスがペロプスを供した場面にも共通している。
系譜と関係
父ペロプス、母ヒッポダメイア。弟テュエステース、異母兄弟クリューシッポス。妻はクレータ王カトレウスの娘アエロペーで、子はアガメムノーン、メネラーオス、アナクシビアー。
アエロペーはナウプリオスによってクレータからアルゴスへ送り届けられた王女である。彼女の不義が王位争いの発端となり、彼女を運んだ男の子パラメーデースがオデュッセウスに殺されたことが、のちのギリシア艦隊の難破を招く。二つの家の破滅が同じ一人の女を介してつながっている。
文化的足跡
シュリーマンがミュケーナイで発掘したトロス墓は「アトレウスの宝庫」と呼ばれるが、これは前13世紀の建造であり、彼と結びつける根拠はない。「プリアモスの宝」「アガメムノーンのマスク」と同じく、神話の名が考古学の遺構に貼りついた例である。
セネカの悲劇『テュエステース』は饗宴の場面を正面から描き、ルネサンス以降の復讐劇に大きな影響を与えた。シェイクスピア『タイタス・アンドロニカス』の結末も、この型に属する。