サムパーティ
サンパーティ · 禿鷹の王 · ジャターユの兄
ジャターユの兄にあたる禿鷹の王。弟を庇って太陽に翼を焼かれたが、透視の力でシーターの居場所を告げ、翼を取り戻した。
解説
概要
サムパーティ(Sampāti / सम्पाति)は、叙事詩『ラーマーヤナ』に登場する巨大な鳥の王である。ヴィンディヤ山の頂に棲む老いた禿鷹で、スーリヤの御者アルナとシュエーニーの子、ジャターユの兄にあたる。遠くを見通す透視の力をもつ。弟を庇って翼を失い、長く飛べぬまま過ごしたが、シーターの居場所を告げたことによって翼を取り戻した。物語の上では、探索が行き詰まったところで方角を示す役を担う。
神話・物語
若い頃、兄弟はインドラを征服しようと天へ飛翔した。太陽に近づきすぎて弟が熱に弱ったとき、彼は自らの翼の下に弟を庇う。そのため彼の翼だけが焼け、二人は別々の地に落ちた。『マハーバーラタ』は同じ出来事を、どちらが先にスーリヤの集会場へ着くかを競った結果とし、兄の翼だけが燃えて弟の翼は燃えなかったと語る。
落ちた先はヴィンディヤ山であった。飛ぶ力を失った彼は死を決意するが、聖者ニシャーカラが、いずれこの地にラーマ王子の使いが訪れる時が来る、そのとき翼は再び生えて力が戻るであろうと予言したため、思いとどまった。
長い年月ののち、ヴィンディヤ山にヴァナラの一行が現れた。飢えていた彼はこれを喰らおうとするが、彼らがジャターユの死を口にしたため驚いて素性を問う。連れ去られたラーマの妃を捜す一隊であると知った彼は、弟の死を深く嘆いた。そして聖者の予言を思い出し、透視の力によってシーターを奪ったのが羅刹王ラーヴァナであること、その居城がランカー島にあることを告げる。すると予言のとおり翼が蘇り、新しい赤い羽毛に覆われて、彼は天へ飛び去った。
この一言が探索の行き先を定めた。海を跳び越えてランカーへ渡るハヌマーンの飛翔は、彼の証言なしには始まらない。自らは飛べぬまま長く座していた者が、他者を飛ばせるという構図になっている。
図像と象徴
固有の像容はほとんど伝わっておらず、独立した礼拝像の伝統もない。図像に現れるとすれば、ヴィンディヤ山頂で猿の一行に向かって語る場面である。象徴となるのは焼けた翼と、その再生である。弟を庇って失ったものが、弟の死を伝えられた場で戻ってくるという対応に、この人物の物語は集約されている。
系譜と関係
父はアルナ、母はシュエーニー、弟はジャターユ。祖母はヴィナター、叔父はガルダにあたる。子にスパールシュヴァがあり、飛べぬ父のために食を運んだと語られる。スグリーヴァの遣わした探索隊とは、彼を通じて叙事詩の南方の筋がつながる。
文化的足跡
インドの伝承では、彼の名は「よく飛ぶ者」と解され、飛翔と視力に結びつけられる。近年インドでは、絶滅の危機にあるハゲワシの保護活動において、ジャターユとともにその名が用いられることがある。腐肉を食む鳥が叙事詩では義の側に立つ英雄として描かれている点を、保護の訴えに結びつけたものである。原典の主題とは別の水準の用法だが、古典の人物が現代の課題に接続される例として挙げられる。