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プリティヴィー
PLATE — पृथ्वी
BHARATA · ヒンドゥー神話
पृथ्वी

プリティヴィー

プリティヴィー・マーター · プリトヴィー · ブーミ

マーナク(グレール派)/ボストン美術館, Public domain PUBLIC DOMAIN

「広き者」を意味するヴェーダの地母神。天空神ディヤウスと対をなす一対の天地両神として、世界と神々を生んだ普遍の両親とされた。

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解説

概要

プリティヴィー(Pṛthivī / पृथ्वी)は「広き者」を意味し、大地そのものを指す語であると同時に、それを人格化したヴェーダの地母神である。プリティヴィー・マーター(母なる大地)と呼ばれ、天空神figure:dyaus-pitaと対をなす。堅く安定し、すべてを支え養う存在として『ヴェーダ』に描かれた。古典期のヒンドゥーではブーミの名が主となり、プリティヴィーはその別名の一つに退く。

神話・物語

『リグ・ヴェーダ』では、単独で扱われることが少ない。ディヤウスと組んで両数形ディヤーヴァープリティヴィーと呼ばれ、天と地は世界の中心で口づけを交わすもの(1.185.5)、互いを補い合う神聖な対(4.56.6)として歌われる。二神は世界(1.159)と神々(1.185)を生んだ普遍の両親であり、天が雨によって大地を孕ませるという構図が繰り返される。もとは分かちがたく一体であったが、ヴァルナの定めによって引き離されたとする讃歌(6.70)もあり、インドラが両者を分けたことは重要な創世譚として讃えられた。独立讃歌は一篇三詩節にとどまる。そこでは、山岳を担い、樹木を保ち、道路に富み、大地に活気をもたらす者として讃えられる。

葬送の讃歌(10.18.10–12)では、母がわが子を衣で覆うように、死者を軽く覆ってほしいと請われる。恐ろしさではなく優しさで語られる数少ない場面である。

『アタルヴァ・ヴェーダ』に入ると扱いが変わる。12.1のプリティヴィー・スークタは、彼女だけに捧げられた最も長大な讃歌で、ここでのプリティヴィーは独立した強大な女神である。あらゆる植物、とりわけ作物の源であり、善人にも悪人にも、神にもアスラにも等しく糧を与える忍耐強い母として歌われる。同時に、死と病もまたこの創造の力に伴うとされ、その危険を鎮めるために祈りと供犠と護符が用いられた。恵みと脅威を同じ源から引き出す点は、マルト神群など他のヴェーダ神格とも共通する。

『ヤジュル・ヴェーダ』系の文献では、宇宙の初め、大地は原初の海に沈んでおり、猪が水に潜ってこれを引き上げたことで創造が動き出したと語られる。『タイッティリーヤ・サンヒター』はこれを敷衍し、大地が水から生じたと説く。この主題が後代に発展して、ヴィシュヌの猪身化身ヴァラーハが大地の女神ブーミを海底から救い上げる物語となった。

図像と象徴

ヴェーダ期の彼女に固有の像容はない。造形が現れるのは、ブーミ(ブーデーヴィー)として語られるようになって以降である。中インドのウダヤギリ石窟に残る5世紀初頭の大浮彫では、猪頭のヴァラーハの牙にすがる小さな女神として刻まれ、救われる側として構図に組み込まれている。ヴェーダで世界を支えていた者が、後代には支えられる者として描かれる——この転位は、女神の位置づけの変化をそのまま可視化している。

『アタルヴァ・ヴェーダ』は彼女を牛(ガウリー)に重ね、大地を乳を与える牛に、諸神をその仔に喩える。18世紀のパハーリ派絵画に、王プリトゥが牝牛の姿で逃げる大地の女神を追う場面が繰り返し描かれるのも、この連想の延長にある。

南インドの寺院におけるブーデーヴィー像は、持物によって識別される。四方を表す四頭の象の背に載った台座に坐し、四臂に柘榴、水瓶、薬草を盛った鉢、野菜を盛った鉢を持つ。二臂の場合は右手に青蓮(クムダ、ウトパラ)を執り、左手はアバヤ・ムドラー、あるいは馬の尾を模したロラハスタ・ムドラーを結ぶ。柘榴と青蓮という組み合わせが、この形態をラクシュミーと見分ける手がかりになる。

系譜と関係

夫はディヤウス。二神の子としてアグニ、インドラ、ウシャス(暁)、スーリヤマルト神群アーディティヤ神群などが挙げられるが、文献ごとに顔ぶれは一定しない。『アタルヴァ・ヴェーダ』の一讃歌は、無限を意味する女神アディティから彼女が生じたとする。

ブーミとして語られる古典期には、系譜が大きく組み替わる。夫はヴィシュヌ、あるいはその猪身化身ヴァラーハである。出生の伝えも一定せず、叙事詩『マハーバーラタ』の南方伝本は創造神ブラフマーの娘とし、『デーヴィー・バーガヴァタ・プラーナ』は羅刹マドゥとカイタバの遺骸から生じたとする。子として火星の神マンガラ、そして魔族ナラカが挙げられる。ナラカを討つ物語では、彼女自身がクリシュナの妃サティヤバーマーとして化身し、討伐に加わる。『ラーマーヤナ』のシーターもまた、この女神の娘とされる。大地から生まれ、最後に大地に迎え入れられて姿を消すという結末は、この母子関係によって説明される。

名の由来については二通りの説明がある。言語学的には、印欧祖語の *Pl̥th₂éwih₂(広き者)にさかのぼる形容がそのまま神名となったとされ、ギリシアの地名プラタイアやガリアの女神リタウィスと同源とされる。他方『ヴィシュヌ・プラーナ』は、農耕のなかった時代に王プリトゥが初めて大地を開墾して豊穣をもたらしたため、大地の女神はその名にちなんでプリティヴィーと呼ばれるようになったと説く。後者は語源としては後付けの説明であり、両者は別の水準の議論として扱う必要がある。

文化的足跡

古典期以降、大地の女神はブーミの名でヴィシュヌの配偶神の一柱に組み込まれ、南インドの寺院ではシュリー・デーヴィーと並んで安置されるようになった。仏教にも取り込まれ、東アジアでは地天(じてん)として十二天の一つに数えられる。釈迦が悟りを開く直前、魔の挑戦に対して大地に触れて証人を求めたとき、応じて現れたのが彼女であるとされ、この場面は触地印の図像として広く伝わった。なお日本では地蔵菩薩の起源を地天に求める説も紹介されるが、これは諸説あるうちの一つであり、定説とは言いがたい。

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領分・別名

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資料

Wikidata
Q1341130 — 骨格データの出典
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