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クリューシッポス
PLATE — ΧΡΎΣΙΠΠΟΣ
HELLAS · ギリシア神話
ΧΡΎΣΙΠΠΟΣ

クリューシッポス

クリュシッポス(ペロプスの子) · クリューシッポス · Khrysippos

ArchaiOptix CC BY-SA 4.0

ペロプスの庶子。テーバイ王ラーイオスに攫われ、のちに殺された。この一件がテーバイ王家への呪いの起点とされる。

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解説

概要

クリューシッポス(Χρύσιππος / Khrysippos)は、ペロプスとニュンペーのアクシオケーの子である。父に寵愛されたが、テーバイ王ラーイオスに攫われ、その後に殺された。

彼が語られるのは、二つの王家の呪いの起点としてである。父の妻ヒッポダメイアと異母兄アトレウステュエステースによる殺害は、アトレウス家の連鎖の始まりに置かれる。一方、ラーイオスによる略取は、テーバイ王家に子を殺されるという呪いをもたらしたとされる。ギリシア神話の二大悲劇圏が、この一人の少年の死を共通の起点としている。

なお、ストア派の哲学者クリュシッポスは同名の別人である。

神話・物語

ペロプスに仕えていたテーバイの亡命王子ラーイオスは、この少年に恋し、ネメアー祭の競技に赴く途中で戦車に乗せて連れ去った。テーバイに迎えられて王となったのちも彼を手放さなかった、あるいはテーバイへ連れ帰ったと伝えられる。

エウリピデスの散逸悲劇『クリューシッポス』がこの筋を扱った。プラトン『法律』は、ラーイオスの行為をギリシアにおける男性間の性愛の起源として語る俗説に触れており、この物語が古代において制度の由来譚としても読まれていたことを示す。

彼の死には二系統がある。ひとつは、恥じて自ら死んだとするもの。もうひとつは、ヒッポダメイアが庶子の台頭を恐れ、アトレウスとテュエステースをそそのかして殺させた——あるいは自ら剣を執った——とするものである。ペロプスは息子たちを追放し、ヒッポダメイアは逃れて死んだ。

ペロプスはラーイオスを呪い、その子が父を殺すことになると告げた。オイディプースの物語は、この呪いの成就として説明される。ただしこの接続は前5世紀以降の整理であり、ホメーロスは略取にも呪いにも触れない。テーバイ王家の悲劇の原因を、より古い過去に遡らせようとした結果とみられる。

図像と象徴

本ページの主画像は前4世紀のアプリア赤絵式ヒュドリア(バルティモアの絵師、フィエーゾレ、コスタンティーニ・コレクション)の肩部で、四頭立ての戦車で彼を連れ去るラーイオスと、馬の上を飛ぶエロース、そして見送るペロプスを描く。略取の場面に愛の神を配することで、行為の性格が示されている。

この主題を描いた古代の作例は南イタリアに集中する。ギリシア本土の陶画がほとんど扱わなかったのは、悲劇の上演と結びついた需要が南イタリアで大きかったためとみられる。

系譜と関係

父ペロプス、母はニュンペーのアクシオケーあるいはダナイス。異母兄弟にアトレウス、テュエステース、ピッテウス。

彼の死によって、父の家では兄たちの追放と継母の死が起こり、テーバイでは三代にわたる王家の破滅が始まる。血縁のうえでは何も残さなかった人物が、二つの系譜に呪いを残したことになる。

文化的足跡

エウリピデスの悲劇が失われているため、この物語の古代における扱いは断片と後代の要約からしか復元できない。それでも、テーバイ伝説の前史としてこの挿話が置かれていたことは、ペイサンドロスの古註やアポロドーロスの記述から確認される。

前5世紀のアテーナイが、テーバイ王家の呪いの起点をこの一件に求めたことについては、他都市の王家の起源を不名誉な行為に帰する政治的な含みを読む議論もある。

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領分・別名

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資料

Wikidata
Q1043413 — 骨格データの出典
Commons
Chrysippus — 図像カテゴリ