パリークシット
ヴィシュヌラータ · パーリクシタ · クル王
アビマニユの遺児で、クル王統を継いだ王。胎内でブラフマシラーストラに晒されながらクリシュナに救われ、大戦後ただ一人残った継承者となった。
解説
概要
パリークシット(Parīkṣit / परीक्षित्)は『マハーバーラタ』の登場人物で、アビマニユとウッタラーの子、アルジュナの孫にあたる。クルクシェートラの戦いののち、ユディシュティラから王位を委ねられてクル国を継いだ。母の胎内にあるうちにアシュヴァッターマンのブラフマシラーストラに晒されながらクリシュナに救われたことから、ヴィシュヌラータ(ヴィシュヌに与えられた者)とも呼ばれる。叙事詩の登場人物であると同時に、ヴェーダ文献にも実在の王として名を残す珍しい人物である。
神話・物語
戦の最終夜、父を欺きによって殺された恨みからアシュヴァッターマンはパーンダヴァ陣営を襲い、さらにその血統を断つべく、ウッタラーの胎内にいた子へ向けてブラフマシラーストラを放った。義母スバドラーの願いを受けたクリシュナが胎児を守り、こうして彼は生まれたと『バーガヴァタ・プラーナ』は伝える。パーンダヴァの家系が絶えようとしたときヴィシュヌが与えた子であるという含意から、ヴィシュヌラータの名が付された。
即位ののち、彼は三度の祭祀を営みながら国内を巡った。あるとき、一本足の牛を棒で打ち、牝牛を蹴る男を見て怒り、これを捕らえて斬ろうとする。男は自らをカリ——最悪の時代カリ・ユガの人格化——と名乗って赦しを乞うた。彼はこれを赦したうえで国から追放する。牝牛は大地の女神プリティヴィー、一本足の牛は法(ダルマ)であり、四本あった脚のうち三本が損なわれてカリ・ユガには一本しか残らぬのだと明かされた。クリシュナが地上を去ったのちの世界の姿を、一頭の牛の姿で示す挿話である。
しかしカリは追放の際、住む場所を求めた。彼は賭博や不品行の場のほかにと請われて黄金を挙げ、不正に得た黄金に宿るよう命じたが、王自身の冠が不正に得られた黄金でできていた。ビーマがジャラーサンダを討って奪い、その後継者に返さなかったものである。こうしてカリは王の心に入り込む。
その後、狩の途中で瞑想する聖仙シャミーカに声をかけて応えられなかった彼は、腹を立てて死んだ蛇を仙の首にかけた。これを知った仙の子シュリンギは、七日のうちに蛇王タクシャカに咬まれて死ぬであろうと呪う。呪いを聞いた彼はすべてを悟り、王位を子ジャナメージャヤに譲って河のほとりに坐し、聖仙シュカから教えを聴きながら最期の七日を過ごした。
図像と象徴
固有の像容は伝わっていない。図像に現れるとすれば、河のほとりで聖仙シュカの教えを聴く場面である。この構図は『バーガヴァタ・プラーナ』の枠組みそのものを示すものであり、彼を示す標は王笏ではなく、死を前にして教えを聴く姿勢そのものにある。
系譜と関係
父はアビマニユ、母はヴィラータ王の娘ウッタラー、祖父はアルジュナ。マドラ国の王女マードラヴァティーを妃とし、『シャタパタ・ブラーフマナ』はジャナメージャヤ、ビーマセーナ、ウグラセーナ、シュルタセーナの四子を挙げる。王位は長子ジャナメージャヤが継いだ。
文化的足跡
彼の名は『アタルヴァ・ヴェーダ』の一讃歌(XX.127)に、乳と蜜の流れる国を治めた偉大なクル王として讃えられている。妻が夫に「酸乳とマンタ(大麦の飲み物)のどちらを持ってこようか」と問い、麦は重く実って道に垂れかかると歌うこの詩は、後代の叙事詩とは別に、ヴェーダ期のクル王として実在したことを示す資料と考えられている。ミヒャエル・ヴィッツェルは彼を紀元前1200〜1100年頃の初期クル王とし、諸種の讃歌を「国民的」集成へまとめた事業の中心に置く。H・C・ライチャウドゥリーは紀元前9世紀に置き、叙事詩とプラーナが同名の王を二人立てているのは、系譜の年代矛盾を繕うために後世の系譜編者が生んだ重複であろうと論じた。
『バーガヴァタ・プラーナ』は全篇を、死を七日後に控えた彼にシュカが語る教えという形式で構成している。聴く者の側に置かれた王という位置づけによって、彼は叙事詩の結末であると同時に、別の聖典の始まりでもある。さらに、彼の死を招いた蛇王タクシャカへの復讐として子ジャナメージャヤが営んだ蛇供祭の場こそ、『マハーバーラタ』が初めて語られた場であった。父の死が物語を語り出させるという構造において、彼は叙事詩の外枠そのものに組み込まれている。