ジャナメージャヤ
ジャナメジャヤ · パーリクシタ · クル王
パリークシットの子で、父を殺した蛇族に復讐するため蛇供祭を営んだクル王。この祭の場で『マハーバーラタ』が初めて語られた。
解説
概要
ジャナメージャヤ(Janamejaya / जनमेजय)は、ヴェーダ時代中期のクル国の王である。名は「生まれながらに勝つ者」あるいは「人を突き動かす者」を意味する。父パリークシットとともにクル国家の統合、ヴェーダ讃歌の集成、シュラウタ祭式の整備を進め、鉄器時代の北インドにおける政治的・文化的中心をつくった実在の王とされる。同時に『マハーバーラタ』の登場人物でもあり、父の仇である蛇王タクシャカへの復讐として営んだ蛇供祭の場が、この叙事詩が初めて語られた場でもある。物語の外枠を成す人物である。
神話・物語
父パリークシットは、聖仙シャミーカを侮辱した報いとして、その子シュリンギに七日のうちに蛇に咬まれて死ぬと呪われ、蛇王タクシャカによってその呪いを果たされた。王位を継いだジャナメージャヤは蛇族への深い恨みを抱き、これを根絶やしにしようと決意する。
彼はまずタクシャシラー(現在のタキシラ)へ兵を進め、タクシャカを頭とする蛇族をその地から追った。さらにウタンカが同じくタクシャカの害を受けたことを訴えたため、怒りはいっそう募る。そして彼は、生きとし生けるすべての蛇を火に投じる大祭——蛇供祭を営んだ。真言に引き寄せられた蛇たちが次々と祭火へ落ちてゆくなか、タクシャカはインドラのもとへ逃れて庇護を求めたが、王の者たちがこれを追い、捕らえて処刑しようとした。
そこへ、まだ少年の聖仙アースティーカが現れて祭を止めた。母はナーガの女であり、父はバラモンであったため、彼は両者の血を引いていた。その言葉に従ってジャナメージャヤはタクシャカを解き放ち、蛇族の殺戮をやめて怨みを収める。以後、蛇族とクル族は和したと語られる。復讐の完遂ではなく、その放棄によって物語が閉じられる構成になっている。
この祭の場で、聖仙ヴィヤーサの弟子ヴァイシャンパーヤナが、王の求めに応じて先祖の物語を語った。それが『マハーバーラタ』である。バラタからクルクシェートラの戦いに至るまでの一族の歴史が、蛇を焼く火の傍らで語られるという設定によって、叙事詩全体が彼への語りかけという形式をとることになった。『デーヴィー・バーガヴァタ・プラーナ』もまた、ヴィヤーサが彼に語ったものとされる。
図像と象徴
固有の像容は伝わっていない。図像に現れるとすれば、祭壇の傍らでヴァイシャンパーヤナの語りを聴く姿である。象徴となるのは蛇供祭の火であり、それは復讐の炎であると同時に、叙事詩が語り出される場でもある。二重の意味を担う点で、この人物を示すにふさわしい標といえる。
系譜と関係
父はパリークシット、母はマドラ国の王女マードラヴァティー。祖父はアビマニユ、曾祖父はアルジュナにあたる。『シャタパタ・ブラーフマナ』は、彼が兄弟のウグラセーナ、ビーマセーナ、シュルタセーナとともにアシュヴァメーダ(馬祀祭)を営み、罪の浄化を図ったと記す。子はシャターニーカ。『ヴァーユ・プラーナ』と『マツヤ・プラーナ』は彼とヴァイシャンパーヤナのあいだに争いがあったと伝えており、その結果として彼が退位し、子が跡を継いだとみる説もある。
文化的足跡
ヴェーダ文献における彼への言及は多い。『アイタレーヤ・ブラーフマナ』は偉大な征服者とし、祭官トゥラ・カーヴァシェーヤが灌頂を施して馬祀祭を執り行ったと述べる。首都をアーサンディーヴァトとする点は『シャタパタ・ブラーフマナ』とも一致する。ミヒャエル・ヴィッツェルは、パーリクシタ朝を紀元前12世紀頃の黒赤色土器の分布と対応させ、諸種の讃歌を「国民的」集成へまとめた事業の中心に置く。H・C・ライチャウドゥリーは、叙事詩とプラーナの系譜がパリークシットとジャナメージャヤをそれぞれ二人ずつ立てているのは、年代矛盾を繕うために後代の系譜編者が生んだ重複であろうと論じた。20世紀に彼の治世のものとされる銅板文書四点が発見されたが、いずれも後世の偽作であることが史家によって示されている。