イワナガヒメ
イワナガヒメノミコト · 磐長姫 · 磐長姫命
オオヤマツミの娘でコノハナノサクヤビメの姉。岩の永続を体現するが、醜いとして天孫に返され、そのために人は寿命を持つに至ったと語られる。
解説
概要
イワナガヒメ(『古事記』は石長比売、『日本書紀』は磐長姫)は、記紀に現れる女神。オオヤマツミの娘で、コノハナノサクヤビメの姉にあたる。妹とともに天孫ニニギのもとへ嫁いだが、容姿が醜いという理由で父のもとへ送り返された。名は「岩のように長く変わることのない女性」の意と解され、岩の永続性を体現する。人が死ぬようになった理由を説明するために置かれた神であり、拒まれることによって神話に働きを果たす、稀な位置にある。
神話・物語
天孫降臨ののち、ニニギはコノハナノサクヤビメに求婚した。父オオヤマツミは喜び、姉であるイワナガヒメも添えて二人ともに差し出す。しかしニニギは、美しい妹だけを留めて、姉を送り返した。
父は怒って告げる。イワナガヒメを差し上げたのは天孫の命が岩のように永遠であるようにと誓いを立てたからであり、コノハナノサクヤビメを差し上げたのは木の花のように咲き栄えるようにとの誓いによる。姉を返した以上、天孫の寿命は木の花のように儚いものとなるだろう、と。これによって天皇に寿命が生じたとされる。
『日本書紀』は筋を変える。寿命を縮めたのは父ではなくイワナガヒメ自身であり、身ごもった妹を呪ったことが人の短命の起源であるとする。恥じて退く女神と、呪いを放つ女神と、二書のあいだで人格が入れ替わっている。
送り返されたあとについては、記紀は何も語らない。しかし伊豆の大室山や伊予の阿奈波神社に伝わる話では、このときすでにニニギの子を身ごもっており、産屋を建てて出産したとされる。中央の書物が切り捨てた続きを、土地の伝承が抱えている。
図像と象徴
図像は乏しいが、際立った一点がある。葛飾北斎が『和漢絵本魁』(1836年)に描いたイワナガヒメで、鬼女めいた凄まじい形相をとる。醜いとのみ記された神が、絵師の手で怪異の側へ引き寄せられた例である。
象徴は明快である。岩は変わらず、花は散る。妹が繁栄と短命を、姉が不変と長寿を担い、その二つは同時には得られない。この選択の構図はバナナ型神話と呼ばれる死の起源神話の型に属し、石と果実のいずれかを選ばせるという東南アジア島嶼部の話が、日本では二人の女神の姿をとっている。石が「イワ」を名に負う女性へ置き換わっている点が、日本の例の特徴である。
醜さについても付言がいる。記紀が語るのは容姿の一語のみで、それ以上の描写はない。醜いから拒まれたのではなく、拒まれる理由として醜さが要請されたと読むこともできる。永遠を選ばなかったという結末が先にあり、それを説明するために姉の姿が定められている。
系譜と関係
父はオオヤマツミ、妹はコノハナノサクヤビメ。『古事記』でスサノオの子である八島士奴美神と結ばれる木花知流比売を、イワナガヒメの別名とする説もある。苔牟須売神という別名も伝わる。
妹とは対をなす関係にあり、記紀は二人を切り離しては語らない。姉が返されることではじめて妹の役割が定まり、妹が留まることではじめて姉の意味が確定する。二柱で一つの神話を構成している。
文化的足跡
イワナガヒメのみを祀る社は多くない。静岡県の雲見浅間神社と、伊東市の大室山にある浅間神社が知られる。この二社にこの神だけが祀られているのは、富士山のコノハナノサクヤビメと向かい合わせるためである。伊豆地方には、ニニギに遠ざけられた姉に同情して、大室山に登って富士を褒めると怪我をする、あるいは不漁になるという俗信が伝わる。神話の恨みが、土地の禁忌として生き続けている例である。
そのほか、京都の貴船神社の結社では縁結びの神として、筑波山の月水石神社では磐座とともに祀られる。宮崎県西都市の銀鏡神社には、鏡に映る自らの醜さを嘆いて遠くへ投げたという鏡が神体として伝わる。福岡県糸島市の細石神社では妹とともに祀られている。
近年は、不変や長寿を司る神として、また容姿によって退けられた神として、あらためて関心を集めている。ただし記紀が伝えるのは、その退けられたこと自体が人の寿命の由来を語るという、物語上の役割である。