ネフェルトゥム
ネフェルトゥム · ネフェルテム · ネフェル・テム
世界の始まりに原初の水から立ち上がった青い睡蓮を神格化したエジプトの神。最初の陽光と睡蓮の芳香の双方を体現する。プタハとセクメトの子とされる。
解説
概要
ネフェルトゥム(Nfr-tm)は、エジプト神話の神。世界の始まりに原初の水から立ち上がった青い睡蓮そのものである。名は「閉じる美しき者」あるいは「閉じることのない者」と解される。
この神が体現するのは、最初の陽光と、エジプト青睡蓮(Nymphaea caerulea)の芳香の双方である。「美しき者」「太陽の睡蓮」がその称号にあたる。
神話・物語
『死者の書』のある写本は、死者に向かってこう唱える——青き睡蓮からネフェルトゥムのごとく立ち上がり、ラー(創造者にして太陽神)の鼻へ届き、日ごとに地平の上へ現れ出よ、と。
この一句に、神格の全体が畳み込まれている。原初の水ヌンから一輪の睡蓮が現れ、その花が開くと太陽が生まれた——これがメンフィスとヘリオポリスの創世譚の一つである。睡蓮は日の出とともに開き、日没とともに閉じる。名の解釈が「閉じる者」と「閉じない者」に割れるのは、この性質をどう読むかの違いによる。
香りが神格になっているという点も見逃せない。エジプトにおいて芳香は神の臨在の徴であった。太陽が現れることと、良い香りが立つことが、この神においては同じ一つの出来事である。ラーの鼻へ届け、と唱えられるのはそのためである。
やがて創造神プタハの子とされ、セクメトあるいはバステトがその母とされた。メンフィスの三柱神を構成する一柱である。
図像と象徴
本サイトが掲げるのは、エジプト学の慣行に沿って描かれた線図である。頭のまわりに青い睡蓮の花を戴く美しい若者の姿で表される。
バステトの子とされる場合には、獅子の頭を持つ姿、あるいは伏せる獅子や猫の姿をとることもある。母の系統によって図像が入れ替わるという事態は、エジプトの神格では珍しくない。
最もよく知られた作例は、ツタンカーメンの墓から出た木製の胸像《ネフェルトゥムの頭部》である。蓮の花から首を出す少年王の姿で、王を創造の最初の瞬間に重ねている。エジプト人はこの神の小像を護符として身につけた。花から生まれることが、そのまま幸運の徴であった。
系譜と関係
父はプタハ、母はセクメトまたはバステト。メンフィスの三柱神をなす。
シェズムと関係づけられることがあり、この神の一相とする伝えや、両者を兄弟としてシェズムに美しい若者の姿を、ネフェルトゥムに獅子の頭を割り当てる伝えがある。香油という主題を共有する二柱である。
睡蓮から太陽が生まれるという筋は、ベンヌが原初の丘に降り立つ筋、ケプリが甲虫として現れる筋と並ぶ、太陽の出現をめぐる複数の説明の一つにあたる。
文化的足跡
日本語圏では、この神は「蓮の神」として断片的に紹介されてきた。ただしエジプト青睡蓮は蓮ではなく睡蓮であり、水面に浮いて咲く。両者を混同すると、日の出とともに開くという肝心の性質が見えなくなる。
古代エジプトの神々のなかで、香りを領分とする神格はごく少ない。目に見えないものに姿を与えるという点で、この神はヘカやヘフと同じ系列に属している。
領分・別名
親・配偶者・子までを表示(全体はフル系図ページへ)。実線=主要伝承/点線=異伝・別系統。