パイドラー
パイドラ · フェードル · フェドラ
クレータ王ミーノースの娘でテーセウスの妻。継子ヒッポリュトスに恋し、拒まれて彼を陥れたのち自ら死んだ。
解説
概要
パイドラー(Φαίδρα / Phaidra)は、ミーノースとパーシパエーの娘で、アリアドネーの妹、テーセウスの妻である。継子ヒッポリュトスへの恋によって破滅した。
母は牡牛に恋し、姉は父を裏切って国を捨て、彼女は継子に恋する。クレータ王家の女たちは三代にわたって「許されない対象への欲望」を担わされている。この配置は、アテーナイの物語がクレータをどう描いたかを示すものでもある。
神話・物語
姉アリアドネーがナクソス島に置き去りにされたのち、彼女はテーセウスの妻としてアテーナイへ渡り、アカマースとデーモポーンを生んだ。
夫が先妻であるアマゾーンとの間にもうけた子ヒッポリュトスに、彼女は恋する。エウリピデスによれば、これはアプロディーテーの仕組んだ罰であった。若者がアルテミスだけを敬い、愛の女神を軽んじたためである。彼女自身に罪はなく、女神の報復の道具として恋を負わされる。
その後の筋は版によって大きく違う。エウリピデスの最初の『ヒッポリュトス』(散逸)では、彼女は自ら若者に思いを打ち明けた。この造形が不評であったため、現存する第二作では逆になる。彼女は恋を恥じて誰にも告げず、飢えて死のうとする。老いた乳母が問い詰めて聞き出し、良かれと思って若者に伝えてしまう。拒絶と侮蔑の言葉を耳にした彼女は縊れて死に、夫を欺くための書板を手に残した——ヒッポリュトスに辱められた、と。
セネカ『パエドラ』ではさらに違う。彼女は生きたまま夫に直接訴え、若者の死後に真実を告白して自ら死ぬ。同じ人物が、告げる者にも黙る者にも、生き残る者にも先に死ぬ者にもなる。
図像と象徴
本ページの主画像はポンペイの壁画断片(第三様式、後20〜60年頃、大英博物館)で、坐す女主人と侍女が向かい合う場面を描く。乳母と語る彼女とみられているが、所蔵館の記述も断定を避けている。恋を告げるか黙るかという劇の核心が、二人の会話という形で図像化されている点は注目される。
ローマ期の石棺には、書板を手にする彼女と、狩りに出る若者を対に配した構図が繰り返し刻まれた。死をもたらす手紙という道具立てが、この主題を絵にしやすくしている。
系譜と関係
父ミーノース、母パーシパエー。姉アリアドネー、兄弟にミーノータウロス(母と牡牛の子)、アンドロゲオース、グラウコス。夫テーセウス、子アカマースとデーモポーン。
義子ヒッポリュトスの母は、テーセウスの先妻であるアマゾーンの女王である。異民族の女の子と、クレータ王家の娘という二つの出自が、一つの家のなかで衝突する構成になっている。
文化的足跡
ラシーヌの悲劇『フェードル』(1677年)は、エウリピデスとセネカを踏まえつつ、罪の意識に苛まれる女という像を決定づけた。フランス古典悲劇の代表作とされ、以後この人物の解釈はこの作品を経由して行われる。
「フェードル的」という語は、抑えがたい情念とその自覚とが同居する状態を指して用いられる。ギリシア悲劇の登場人物が近代語の形容詞になった数少ない例である。