アリアドネー
アリアドネ · アリアドネー · Ariadne
クレータ王ミーノースの娘。糸によってテーセウスを迷宮から導き出し、置き去りにされたのちディオニューソスの妃となった。
解説
概要
アリアドネー(Ἀριάδνη / Ariadnē)は、ミーノースとパーシパエーの娘である。テーセウスに糸を与えてラビュリントスからの帰路を可能にし、その後ナクソス島に置き去りにされてディオニューソスの妃となった。
名は「いとも聖なる者」と解され、クレータの言語に由来する要素を含むとみられる。人間の王女としてではなく、もともとクレータの女神であったとする説が有力であり、置き去りにされた娘が神の妃になるという筋は、その古い神格をギリシアの物語へ組み込む枠組みだったと考えられている。
神話・物語
貢ぎの少年少女とともに渡ってきたテーセウスに恋した彼女は、迷宮の作者ダイダロスに方法を尋ね、糸玉を渡した。入口で糸の端を握り、怪物を討った彼が糸を手繰って戻る——ラビュリントスを攻略するのは剣ではなく糸である。
彼女はテーセウスとともにクレータを去るが、ナクソス島(ディア島とも)に置き去りにされた。理由は伝承によって違う。忘れたとも、ディオニューソスが彼女を望んだために神意で引き離されたとも、他の女に心が移ったともいう。置き去りの理由が定まらないこと自体が、この場面が別々の伝承の接合点であることを示している。
その後も分かれる。ディオニューソスが現れて妃とし、婚礼の冠を天に上げてかんむり座としたとする版が広く知られる。一方『オデュッセイア』第11巻は、ディオニューソスの告発によりアルテミスがディア島で彼女を射殺したと記す。首を吊ったとする版、キュプロスで難産の末に死んだとする版もあり、後者ではアマトゥースに彼女の墓と、アリアドネー・アプロディーテーの名を負う祭祀があった。
ナクソス島には二つの祭があったとプルタルコスは伝える。一つは嘆きの祭、もう一つは喜びの祭であり、前者は死んだ王女を、後者は神の妃となった女神を祀るものであった。同じ名のもとに二つの性格が並存していたことになる。
図像と象徴
古代美術が最も多く描いたのは、眠る彼女をディオニューソスが見出す場面である。本ページの主画像はポンペイの「彩色柱頭の家」の壁画で、ヒュプノスが傍らから眠りの水を注ぎ、その前でディオニューソスが立ち止まる。眠りの神が同じ画面にいることで、置き去りが神の計らいであったことが示される。
寝そべる姿の彫像——いわゆる《眠るアリアドネー》——はヘレネス期の型として多数の模刻が残り、ルネサンス以降の庭園彫刻にも受け継がれた。糸を渡す場面はむしろ少なく、図像が選んだのは救出ではなく置き去りの後であった。
系譜と関係
父ミーノース、母パーシパエー。兄弟にミーノータウロス(母と牡牛の子)、アンドロゲオース、グラウコス、姉妹にパイドラー——のちにテーセウスの妻となり、その子ヒッポリュトスに恋して死ぬ。姉妹二人がいずれもテーセウスに関わり、いずれも悲惨に終わる。
ディオニューソスとの子にオイノピオーン、スタピュロスらが挙げられる。いずれも葡萄酒に結びつく名である。
文化的足跡
「アリアドネーの糸」は、複雑な問題を解く手がかりを指す語として定着した。迷宮を攻略するのが力ではなく糸であるという構図が、その比喩を支えている。
近代ではリヒャルト・シュトラウスのオペラ『ナクソス島のアリアドネ』(1912年)が知られる。ニーチェ、そしてユング派の心理学もこの人物を繰り返し論じており、置き去りにされた者が神の妃になるという反転が、その関心の中心にある。
領分・別名
親・配偶者・子までを表示(全体はフル系図ページへ)。実線=主要伝承/点線=異伝・別系統。