プロクリス
プロークリス · Prokris · Procris
アテーナイ王エレクテウスの娘。夫ケパロスに貞節を試され、和解ののち自らも夫を疑って、贈った槍に貫かれて死んだ。
解説
概要
プロクリス(Πρόκρις / Procris)は、アテーナイ王エレクテウスの娘で、ケパロスの妻である。決して獲物を逃さない猟犬ライラプスと、決して外れない槍を夫に贈った人物として知られる。
そしてその槍によって死ぬ。疑う者が疑われる側に回り、贈り物が贈り主を殺すという二重の反転が、この人物の物語を成している。
神話・物語
オウィディウス『変身物語』が伝える形が最もよく知られる。暁の女神エーオースに攫われた夫ケパロスは、女神に妻の貞節を疑うよう吹き込まれ、姿を変えて他人として妻に言い寄った。贈り物を積み上げられ、ついに心を動かしかけたところで夫は正体を明かす。
恥じたプロクリスは家を出て、アルテミスのもとで狩りの生活に入った。女神から猟犬と槍を得たのはこのときとされる。一説には、クレータのミーノースから得たものだという。この版では、彼女はミーノースの病を治した礼としてそれらを与えられた。ミーノースは妻パーシパエーの呪いにより、交わった女を害してしまう体であったが、プロクリスがこれを解いたのである。
やがて夫婦は和解し、彼女は犬と槍を夫へ贈った。
だが今度は彼女が夫を疑う。狩りに出たケパロスが休息のさなか「アウラ(そよ風)よ、来い」と呼びかけるのを聞いた者があり、それを女の名と取り違えて伝えた。プロクリスは茂みに身を潜めて様子をうかがう。物音を獣と誤ったケパロスが槍を投げ、決して外れない槍は妻を貫いた。息を引き取る間際、彼女は誤解を知ったとも、夫にアウラを娶らないでほしいと言い遺したとも伝えられる。
同じ疑いが夫と妻のあいだを往復し、二度目に人を殺す。最初の試みでは妻が恥じただけで済んだが、二度目には取り返しがつかない。オウィディウスがこの物語を、ケパロス自身に語らせる回想の形にしているのは、後悔を語りの枠組みにするためである。
なお、この夫婦の名は各地の伝承で入れ替わりも見せる。アテーナイのプロクリスとポーキスのケパロスが結びついたのは、二つの土地の伝承が合流した結果とみる説がある。
図像と象徴
古代の作例は乏しい。前5世紀のアッティカ陶器にエーオースがケパロスを攫う場面は多いが、そこに妻の姿はない。プロクリスの死を描いた確実な古代の作例は知られていない。
この主題が絵画の中心になるのは、ルネサンス以降である。ピエロ・ディ・コジモ《ニュンペーの死を悼むサテュロス》(1495年頃、ロンドン・ナショナル・ギャラリー)は、横たわる女性の傍らにサテュロスと犬を配した作品で、この女性をプロクリス、犬をライラプスと見る読みが広く行われてきた。ただし画面に銘はなく、主題の同定は推定にとどまる。ヴェロネーゼ、クロード・ロランらも同じ主題を描いた。
古代が語り、近代が描いた——受容の重心が時代によって移動した例である。本項では、同定の確定した古代の作例がないため主画像を置いていない。
系譜と関係
父はアテーナイ王エレクテウス、母プラークシテア。姉妹にオーレイテュイアとクレウーサがおり、いずれもアテーナイ王家の女として悲劇の主題となった。夫ケパロス。ライラプスと魔法の槍を介して、テウメーッソスの狐の物語へつながる。
文化的足跡
「ケパロスとプロクリス」は、疑いが愛を壊す寓話として近世ヨーロッパに定着した。イングランドではジョン・ゲイが仮面劇に、イタリアではドメニコ・チマローザが歌劇に仕立てている。贈り物が贈り主を殺すという構図は、デーイアネイラがヘーラクレースに送った衣の物語とも重なる。ギリシア神話が繰り返し用いた型の一つである。