ベンヌ
ベンウ · ベヌウ · 自ら生じた者
太陽と創造と再生に結びつくエジプトの神。原初の水の上を飛び、岩に降りて一声鳴き、その声が世界の性質を定めたという。フェニックス伝説の原型とされる。
解説
概要
ベンヌ(bnw)は、エジプト神話で太陽・創造・再生に結びつく神である。ギリシア神話のフェニックス伝説の原型となった可能性が指摘されている。
自ら生じた存在であり、世界の創造に一役を担ったとされる。太陽神ラーのバー(魂の人格の側面)であり、アトゥムの創造の働きを可能にしたともいう。名は「輝いて昇る」を意味する動詞 wbn に連なる。
神話・物語
創造以前、まだヌンの水しかなかったころ、この鳥は水の上を飛んだ。やがて一つの岩に降り立ち、鳴き声をあげる。その声が、これから生じる世界の性質を決めたという。
言葉ではなく、鳴き声である。エジプトの創世譚には、神が名を呼ぶことで物を生じさせる型がいくつもあるが、ここでは分節されない一声が世界の質を定める。アメンをめぐる後代の伝えに、原初の闇の上でナイル鵞鳥が大声で鳴いて万物を呼び出したという話があり、同じ発想の系列に属する。
称号は「自ら生じた者」「祝祭の主」。後者は、太陽と同じくこの神が周期的に自らを新たにするという信仰に由来する。再生の象徴であることからオシリスとも結びついた。
図像と象徴
本サイトが掲げるのは、新王国期の墓の壁画に基づいて描かれた線図である。長い嘴と二枚の羽根の冠を持つ、巨大な灰色の鷺として表される。
ベンベン石——ラーを表し、ピラミッドの頂石の名でもある——の上に止まる姿、あるいは柳の木(オシリスを表す)に止まる姿で描かれる。オシリスとの結びつきから、日輪ではなくアテフ冠を戴くこともある。
図像には時代差がある。古王国の『ピラミッド・テキスト』が bnw をアトゥムの象徴として挙げるとき、用いられている鳥の記号は鷺ではなく小さな鳴禽である。ドイツの『エジプト語辞典』はキセキレイではないかと推測したが、根拠は示されていない。第5王朝ニウセルラーの太陽神殿から出た彩色石灰岩の浮彫断片には、同じ鳥の記号に青灰色の顔料が残っており、そこから翡翠(カワセミ)を想定する見方もある。水面すれすれに飛び、鋭く鳴く鳥が、暗い原初の水から創造を始めた神の姿にふさわしいという理由である。
1977年、アラブ首長国連邦で人間ほどの大きさの巨大な鷺の化石が発見された。前1500年頃に絶滅したとみられ、この神と多くの特徴を共有する。コペンハーゲン大学地質博物館のエラ・ホッホは、この鳥をベンヌサギ(Ardea bennuides)と命名した。神の造形に実在の動物が対応する可能性がある、まれな例である。
関わる神格・伝承
ラーのバーであり、アトゥムの象徴であり、オシリスと結ばれる。祭祀はおそらくヘリオポリス——ラーとアトゥムの祭祀の中心地——で行われた。葬送用のスカラベ形の護符にも再生の象徴として現れる。
前5世紀のヘロドトスは、ヘリオポリスの人々から聞いた話としてフェニックスを記録する。五百年生き、死に、蘇り、没薬で父の遺骸を包む卵を作って運ぶという。エジプト側の資料にこの筋は見当たらず、フェニックスの伝説がどこまでベンヌに遡るのかは決着していない。名も、姿も、周期も、伝承のあいだで一致しない部分が多い。
文化的足跡
2013年、NASAの小惑星探査計画オサイリス・レックスの目標天体である小惑星101955に「ベンヌ」の名が与えられた。命名を提案したのは9歳の少年である。探査機が試料を採取し、地球へ持ち帰るという計画の性格が、再生の鳥の名にふさわしいと判断された。
日本語圏では、この神はもっぱら「フェニックスの原型」として紹介される。ただしエジプト側の資料が語るのは、炎のなかで甦る鳥ではない。水の上を飛び、岩に降り、一声鳴く鳥である。焼身と再生という筋書きは、ギリシア以降に加わった要素である。