マポノス
マポヌス · アポロ・マポノス · Maponus
ブリタンニアとガリアで祀られた若さの神。「神なる子」を意味する名を持ち、アポロと同一視されて竪琴とともに表された。
解説
概要
マポノス(Maponos)は、ブリタンニアとガリアで崇拝された古代ケルトの神である。ガリア語で「神なる子」「大いなる若者」を意味し、若さの神と解されている。
ブリタンニアでは、その信仰は主として北部のローマ軍施設——ハドリアヌスの長城の周辺——で確かめられ、インテルプレタティオ・ロマーナによってアポローと重ねられた。名は「子」を意味するケルト語に、母である女神マトロナの名にも見える神格化の接尾辞を添えた形である。中世ウェールズのマボン・アプ・モドロンの前身とみるのが通説で、アイルランドのマク・イン・オークとしばしば比較される。古典の著述家は一人としてこの名を記していない。
神話・物語
物語は伝わらない。証拠は碑文と地名、そして後代の島嶼文学との比較に限られる。
ハドリアヌスの長城のウィンドランダでは、三日月形の銀板に「神マポノスに」と刻まれている。コルブリッジ(コルストピトゥム)からは軍団の将校が立てたアポロ・マポノス宛ての奉献が三点出ており、首の崇拝に関わるとされる遺物とともに見つかった。リブチェスター(ブレメテンナクム)の記念碑は241年、サルマティア騎兵部隊の代理指揮官が皇帝の安寧のために建てたもので、アポロ・マポノスの名を挙げ、竪琴を持つアポロと二人の女性像の浮彫を伴う。カンバーランドのブランプトンの奉献はアポロを伴わずマポノスの名のみを記し、ゲルマン人と記された四人の男が皇帝の神威と併せて立てたものである。属州駐屯軍のなかにこの信仰の担い手がいたことを示す。
アン・ロスは、奉献者にローマ軍の高位の将校が多いことを指摘した。この神の信仰が、土着の民衆信仰としてよりも軍の宗教生活のなかで記録されたことを意味する。
ガリアでの確証はより乏しい。ガリア語で書かれた最も長い文書の一つ、シャマリエールの鉛板が「アルウェルニ族のマポノス」を呼びかけており、カジャルクのガリア語碑文には mapo の語が見える。ローヌのサヴィニー修道院の11世紀の証書に見える「デ・マボノ・フォンテ」(マポノスの泉)という地名も、泉のほとりの信仰を示すものと解されてきた。
図像と象徴
この神と確実に同定できる像は残っていない。当サイトも主画像を掲げない。イアン・リッチモンドはコルブリッジ出土のケルト風の石の首の一つをこの神とみたが、ロスは、その沈鬱で成熟した顔が名の含む若さと合わないとして疑問を呈した。
伝わる標識は竪琴である。コルブリッジの祭壇の一つ、そしてリブチェスターの記念碑に、竪琴を持つアポロの浮彫が現れる。ここからこの神の信仰は音楽と詩に結びつけられ、古くは「竪琴を弾くアポロ」(アポロ・キタロエドス)との等値として表現された。若さと音楽——名と図像が示すのはこの二つだけである。
系譜と関係
母はマトロナ(「神なる母」)で、マルヌ川の女神にあたる。ベルンハルト・マイアーは、-onos(女性形 -onā)というこの接尾辞が、ケルトの神名を受け継ぐウェールズの一群の名に共通することを指摘した。モドロン(マトロナから)、リアンノン(Rīgantonā「神なる女王」から)、ゴヴァノン(Gobannonos「神なる鍛冶」から)がそれであり、彼はこれらを人間化された神々とみる。
マポノスはウェールズ語のマボンと厳密に同源であり、マボンは早い形の *Mapono- を継ぐ。当サイトのオェングスの項でも触れたとおり、アイルランドのマク・イン・オークとの対応は「若き子」という名の一致に基づくものであって、物語の内容まで受け継がれたことを意味しない。
文化的足跡
名はソルウェイ地方の地名に生き残った。ダンフリースシャーのロッホメイベン村と、グレトナ近くのロッホメイベン・ストーンがそれである。ロスはこの一帯を信仰の中心とみて、ヤン・ド・フリースはブリガンテス族のあいだで特に篤く祀られたとした。
中世ウェールズの『キルッフとオルウェン』では、マボン・アプ・モドロンは生後三日で母のもとから奪われ、グロスターの牢に閉じ込められた者として現れる。アルスルの一行が動物たちの助けを借りて彼を救い出す。母から引き離されて取り戻される「神なる子」の型は、ウェールズのプリデリ、アイルランドのマク・イン・オークにも共通し、比較神話学の議論でくり返し取り上げられてきた。