マードリー
マドラ国の王女 · シャリヤの妹 · パーンドゥ第二妃
パーンドゥの第二妃でナクラとサハデーヴァの母。一度限りの機会に双子神を選んで二子を得、のちに夫の死に殉じた王女である。
解説
概要
マードリー(Mādrī / माद्री)は『マハーバーラタ』に登場する女性で、マドラ国の王女、パーンドゥの第二妃である。兄はシャリヤ。ナクラとサハデーヴァの母にあたる。地上に並ぶ者のない美貌で知られ、一度限りとされた機会にアシュヴィン双神を選んで二人の子を得た機知と、夫の死に殉じた最期によって記憶される。
神話・物語
その美貌の評判を聞いたビーシュマが、パーンドゥとクンティーの婚礼ののち、莫大な財宝をマドラ国へ運んで第二妃として迎えたと語られる。
婚礼ののち、夫は狩の最中に隠者キンダマを射殺し、愛する女と交われば共に死ぬという呪いを負う。三人は享楽を捨てて森に入り、苦行によって天界へ昇ることを志した。しかし子のない者は天界へ渡れないため、夫はクンティーに神々を招く真言を用いるよう求める。こうしてダルマ、ヴァーユ、インドラの子が生まれた。
なおも子を望む夫にクンティーは応じなかった。このとき彼女は、自らも子を得たいと夫を通じてひそかに願い出る。クンティーにとって彼女は競う相手であり、直接頼むことははばかられたためである。夫の取りなしを受けたクンティーは、一度だけという条件で、授かりたい神を心に思い浮かべるよう告げた。
ここで彼女は、一度しかない機会を最大限に用いる選択をした。選んだのは双生の神アシュヴィン双神であり、その結果、双子のナクラとサハデーヴァが生まれる。神から授かる子は一人と思い込んでいたクンティーは、これを見て「女の知恵に欺かれた」と嘆いたという。この一段は、叙事詩における女性どうしの機知の応酬として繰り返し引かれてきた。
そしてある春の日、木々の花咲く森を夫と歩くうち、その美しさに誘われて夫の心に欲が生じた。薄衣をまとっていた彼女がその心をさらに高めたと叙事詩は記す。呪いを忘れた夫は制止も聞かずに求め、命を落とした。あとを追おうとするクンティーに対し、彼女は「夫は私を求めて死んだのに、その私がどうして夫の思いを断ち切れましょうか」と述べ、ナクラとサハデーヴァの養育を託して、夫の火葬の炎に身を投じた。
図像と象徴
固有の像容は伝わっておらず、独立した礼拝像の伝統もない。図像に現れるとすれば、森での夫の死の場面である。象徴となるのは双子であり、一度限りの機会に二人を得るという選択が、この人物の性格を最も端的に示している。
系譜と関係
マドラ国の王女で、兄はシャリヤ。夫はパーンドゥ、共同の妃がクンティー。子はナクラとサハデーヴァ。彼女の死後、二人はクンティーに実子同様に育てられた。兄シャリヤはクルクシェートラの戦いで甥たちの敵陣に立つことになり、カルナの御者を務めたのちユディシュティラに討たれる。
文化的足跡
夫の火葬の炎に身を投じたという最期は、後代にサティー(寡婦殉死)の先例として引かれることがあった。ただし叙事詩は彼女の行為を制度としてではなく、あくまで個別の選択として描いており、そこには夫を死なせたのは自分であるという自責が置かれている。近現代の再話では、競う相手の前で直接は願い出られなかった立場、そして一度限りの条件を出されたときの判断に光を当てるものが多い。クンティーとの関係を、対立ではなく制約のなかでの応酬として読み直す試みも現れている。