カンサ
カムサ · マトゥラー王 · 前世カーラネーミ
マトゥラーを治めた暴君。妹デーヴァキーの第八子に殺されるという予言を恐れ、生まれる子を次々に手にかけた王である。
解説
概要
カンサ(Kaṃsa / कंस)は、マトゥラーを治めた暴君である。クリシュナの物語における最大の敵役であり、その死が牛飼いの村での幼年期を終わらせて英雄としての生涯を始めさせる。妹(あるいは従妹)デーヴァキーの第八子に殺されるという予言を恐れ、生まれる子を次々に手にかけた。前世をアスラのカーラネーミとする伝えがある。
神話・物語
ヤーダヴァの王ウグラセーナの子とされるが、『バーガヴァタ・プラーナ』は、母がアスラのドゥルミラに欺かれて宿した子であるとし、血統の上ではヤーダヴァに属さぬと説く。父を幽閉して王位を奪い、マガダ王ジャラーサンダの娘二人を妃として強大な後ろ盾を得た。
破滅の予言は婚礼の場で下される。妹デーヴァキーをヴァスデーヴァに嫁がせ、自ら戦車を駆って送っていたとき、天から声が響き、彼女の第八子が汝を殺すであろうと告げた。その場で妹を斬ろうとした彼を、ヴァスデーヴァが、生まれた子はすべて差し出すと約して押しとどめる。二人は牢に繋がれ、生まれた子は次々に殺された。
第七子はヴィシュヌの計らいでヴァスデーヴァの第一夫人ローヒニーの胎へ移され、バララーマとして生まれた。第八子クリシュナは、生まれた夜に父の手で牛飼いの村へ運ばれ、ナンダとヤショーダーの子と入れ替えられる。カンサが牢で取り上げた女児は、その手をすり抜けて空へ舞い上がり、汝を殺す者はすでに生まれていると告げて消えた。
以後、彼は村々の嬰児を殺させ、さらに羅刹女プータナー、旋風のトリナーヴァルタ、驢馬のデーヌカ、馬のケーシンといった手下を次々に送り込んだが、いずれも討たれる。ついに弓の祭を口実に兄弟をマトゥラーへ招き、道中で象と力士に襲わせたが果たせず、闘技場で自らクリシュナに髪を掴まれて引きずり降ろされ、命を落とした。父ウグラセーナは解放され、王位に復した。
図像と象徴
固有の像容は伝わっておらず、独立した礼拝像の伝統もない。図像に現れるのは、闘技場で玉座から引き倒される場面である。象徴となるのは予言そのもので、それを避けようとする行為の一つひとつが、かえって成就への道を整えていく。
系譜と関係
名目上の父はウグラセーナ、母はパドマーヴァティー。妹(従妹とする伝えも多い)はデーヴァキー、その夫がヴァスデーヴァで、両者の子がクリシュナとバララーマにあたる。妃はジャラーサンダの娘アスティとプラープティ。彼の死後、ジャラーサンダが娘たちを寡婦にされた恨みから十七度にわたってマトゥラーを攻めることになる。
文化的足跡
彼の死を祝う祭が、北インドの各地で営まれてきた。ヴリンダーヴァンやマトゥラーでは、闘技場の場面を再現するラース・リーラーの演目が今日も演じられる。
物語の構造において、彼は破滅を避けようとする者の型を担う。予言を聞いて嬰児を殺させるという筋は、地中海世界のヘロデ王やクロノスの説話とも並行するが、これらのあいだに直接の系統関係を認める根拠はない。恐れが自らの破滅を招き寄せるという型が、独立に成立したものとみるのが妥当である。