ヤショーダー
ヤショーダ · ナンダの妻 · 育ての母
クリシュナの育ての母。牛飼いの長ナンダの妻で、バターを盗む子を叱り、その口のなかに全宇宙を見たと語られている。
解説
概要
ヤショーダー(Yaśodā / यशोदा)は、クリシュナの育ての母である。牛飼いの長ナンダの妻で、ヴラジの村ゴークラに住んだ。デーヴァキーが牢で産んだ嬰児と、同じ夜に彼女が産んだ女児とが入れ替えられたため、彼女は自らの子として神を育てることになる。バターを盗む子を叱り、その口のなかに全宇宙を見た母として、バクティ文学における愛情の対象となってきた。
神話・物語
伝えによれば、ヴァスデーヴァが嬰児を抱えてヤムナー河を渡り、眠っていた彼女の傍らに置いて、代わりに生まれたばかりの女児を連れ去った。目覚めた彼女は何も知らぬまま、その子を我が子として育てる。
幼年期の挿話の多くに、彼女は叱る側として現れる。バターの壺に手を突っ込む子を捕らえようとしても、するりと逃げられる。土を食べたと告げ口されて口を開けさせたところ、そこに無数の世界と星々を、さらに自分自身の姿を見て言葉を失った。あまりのことに、彼女はヴィシュヌの力によってその記憶を失ったと語られる。神であることを知りながら母であり続けることはできないという含意がある。
最も名高いのが、臼に縛る一段である。度重なる悪戯に業を煮やした彼女は、子を臼に縛りつけようとした。ところが縄はいつも二本の指の幅だけ足りない。次々に縄を継ぎ足しても届かず、疲れ果てた母を見て、子はついに自ら縛られることを許した。この挿話からクリシュナはダーモーダラ(縄で腹を縛られた者)と呼ばれる。宇宙の主が母の愛にのみ縛られるという読みが、古来添えられてきた。
やがてクリシュナがマトゥラーへ去ると、彼女が再び会うことはなかった。牛飼いの村に残された者たちの嘆きは、後代のバクティ詩において最も好まれた主題の一つとなる。
図像と象徴
幼いクリシュナを膝に抱く姿、あるいはバターを与える姿で描かれる。南インドの青銅像や北インドの細密画に作例が多い。象徴となるのは、いつも二本の指だけ足りない縄である。
系譜と関係
夫はナンダ、育て子はクリシュナ。バララーマは夫の一族が預かったローヒニーの子であり、同じ村で育った。生んだ女児はヨーガマーヤーの化身とされ、カンサの手をすり抜けて空へ消えたと語られる。産みの母デーヴァキーとは、同じ子の母でありながら生涯ほとんど交わらない。
文化的足跡
インドの家庭において、彼女は母性の範として語られてきた。スールダース、ミーラーバーイーらのバクティ詩は、彼女の視点から幼子への愛を歌い、そこに神への信愛を重ねた。ヴァーツァリヤ・バーヴァ(母としての情愛によって神に向かう態度)は、バクティの分類において一つの類型をなしており、その原型が彼女である。
産みの母と育ての母という対の構図は、南アジアの物語文学に繰り返し現れる。神を育てながらそれと知らずにいた母という位置づけは、知らないことがかえって純粋な愛を可能にするという逆説として論じられてきた。