トリナーヴァルタ
トリナーヴァルタ · Trinavarta · Triṇāvarta
カンサに仕えたアスラ。竜巻に変身して幼いクリシュナをさらったが、その重さに耐えられず落下して砕けた。喉を掴まれたまま絶命したとされる。
解説
概要
トリナーヴァルタ(Triṇāvarta)は、インド神話のアスラである。マトゥラーの悪王カンサに仕えた魔の一人にあたる。
のちヴリシュニ族の王となる幼いクリシュナを殺そうとしたが、逆に返り討ちにあった。
神話・物語
『バーガヴァタ・プラーナ』によれば、トリナーヴァルタは幼児クリシュナを殺せというカンサの命令に従い、竜巻に変身して、クリシュナが養育されているゴークラへ向かった。
ちょうどその頃、クリシュナを養う牛飼いの女ヤショーダーには不思議なことが起きていた。膝に乗せて可愛がっていると、幼児の小さな身体が急に重くなったのである。これはヴィシュヌの化身であるクリシュナのうちに全宇宙が存在するためであった。耐えられなくなった彼女は、困惑して幼児を地面に下ろす。
ゴークラに着いたトリナーヴァルタは、集落を砂塵で覆って人々の視界を奪い、クリシュナをさらった。ヤショーダーは気づいて気絶する。
魔は幼児をさらって空へ飛翔したが、すぐにその重さに気づいた。サファイアの岩でも運んでいるのかと思い、地上に捨てようとしたが、クリシュナの怪力によって喉を掴まれ、捨てることができない。苦しさのあまり飛び続けられなくなり、地上に落下して岩に激突した。
村の女たちが駆けつけると、ばらばらになった魔の身体が散らばるなかに、クリシュナが魔の首を掴んでいるのが見つかった。
図像と象徴
固有の図像は伝わらず、本サイトも主画像を掲げない。
重さという主題が、この挿話を貫いている。養母が支えきれない重さ、魔が運びきれない重さ。同じ重さが、慈しみの場面では困惑を、殺意の場面では破滅をもたらす。全宇宙を内に含む幼児という神学が、体重という具体的な感覚に置き換えられている。
竜巻に変身するという設定も見逃せない。自然災害が魔の姿として語られ、それが幼児に敗れる。
関わる神格・伝承
主はカンサ。同じくクリシュナを狙って敗れた魔としては、乳に毒を塗ったプータナー、荷車の魔シャカタースラ、そしてロバの姿のデーヌカがいる。
幼児クリシュナが次々と刺客を退けるという一連の挿話は、『バーガヴァタ・プラーナ』第10巻の骨格をなす。神の幼年時代(バーラ・リーラー)と呼ばれる主題である。
文化的足跡
日本語圏では、クリシュナの幼年譚のうちプータナーの挿話が比較的よく知られる。竜巻の魔まで紹介されることは少ない。
しかし幼児が刺客を退け続けるという構成は、インドの神の伝記における定型である。神性は成長を待たず、生まれた瞬間から発揮される。