プータナー
Pūtanā
ヒンドゥー神話の羅刹女。カンサの命で幼子クリシュナを毒の乳で害そうとしたが、逆に生気を吸われて滅んだ。乳を与えた功で解脱を得たとも語られる。
解説
概要
ヒンドゥー神話の羅刹女(ラークシャサ)。名は「腐臭を放つ者」あるいは「徳なき者」と解される。クリシュナの命を狙う王カンサに遣わされ、美しい女に姿を変えて幼子に毒の乳を与えようとしたが、逆に生気ごと吸い取られて滅んだ。ただし物語はそこで終わらない。悪意から出たこととはいえ乳を与えたことによって、彼女はクリシュナの乳母の一人に数えられ、解脱を得たと語られる。害する者が同時に養う者でもあるという二重性が、この人物を単なる怪物から分けている。
神話・物語
『バーガヴァタ・プラーナ』第10巻をはじめ、『ハリヴァンシャ』『ヴィシュヌ・プラーナ』などが伝える。マトゥラーの王カンサは、妹デーヴァキーの子に殺されるという予言を恐れ、生まれた子を次々に手にかけていた。クリシュナがゴークラのヤショーダーのもとへ逃されたことを知ると、彼は幼児を害する者としてプータナーを差し向ける。
若く美しい女の姿をとった彼女は、村人たちにラクシュミーの顕現かと見紛われるほどであった。ヤショーダーは疑わず、幼子を膝に抱かせて乳を与えさせる。乳房には毒が塗られていた。しかしクリシュナは乳とともに彼女の生気(プラーナ)を吸い上げる。悲鳴をあげて村を走り出た彼女は、幼子を胸につけたまま倒れ、元の巨大な羅刹女の姿に戻って息絶えた。倒れた身体は広い範囲の木々をなぎ倒したという。
村人が遺骸を焼くと、立ちのぼる煙は悪臭ではなく芳香を放った。乳を与えた行いによって罪が浄められたためであり、彼女は養母ヤショーダーと同じ境涯に至ったと語られる。『バーガヴァタ・プラーナ』は前世の因縁も添える。彼女は前生においてマハーバリの娘ラトナマーラーであり、矮人ヴァーマナを見て我が子に欲しいと願うと同時に、その姿が父を地に沈めたことに殺意を抱いた。相反する二つの願いがともに叶えられた結果が、この生である——という説明である。
図像と象徴
図像の主題は倒れたのちの場面に集中する。巨大な女の身体が横たわり、その胸に小さなクリシュナが取りついている構図で、規模の落差そのものが画面の主題となる。ラージャスターンやパハーリー諸派の『バーガヴァタ・プラーナ』写本挿絵、19世紀ベンガルのカーリーガート絵画がこれを繰り返し描いた。ロサンゼルス郡立美術館に伝わるビーカーネール派の一葉(17世紀後半)はその代表にあたる。南インドの寺院浮彫にも作例がある。
美しい女の姿と巨大な羅刹女の姿という二相を、一枚の画面に併置することもある。近づいてくる場面と倒れた場面を同時に描く手法であり、変身する存在を静止した画面に収めるための工夫である。
系譜と関係
出自は文献により異なる。羅刹女とするもの、ダイティヤ王バリの娘とするものがあり、後者は前世譚と結びついている。カンサとは主従の関係にあり、彼が差し向けた刺客の一人として、牛車の魔シャカタースラ、旋風の魔トリナーヴァルタらと並ぶ。
医学文献における位置づけは、神話とは別の系統をなす。『スシュルタ・サンヒター』などの古代インド医学書は、幼児の病をもたらす存在の一群としてプータナーの名を挙げ、これを鎮める儀礼を記した。彼女はグラハ(掴む者)あるいはマートリカーの一員に数えられ、幼児を襲う病そのものの人格化として扱われている。神話の刺客としての姿と、この病の担い手としての姿は、乳と幼児という同じ主題を共有する。母であることと害することが分かちがたく結ばれた形象として、近代の研究はこの人物にしばしば注目してきた。
文化的足跡
プータナー・モークシャ(プータナーの解脱)は、クリシュナ物語の連作を語る際の定型の一節として、絵画・舞踊・語り物に受け継がれた。クリシュナの神性が初めて示される場面であり、幼児譚(バーラ・リーラー)の起点に置かれる。
インドの古典舞踊では、美女から羅刹女へ転じる一人二役が見せ場となる。とくにケーララのクーリヤーッタムやカタカリでは、この転換を演じる型が整えられてきた。悪意をもって近づいた者が結果として救われるという筋立ては、バクティの説話が好んで用いた形であり、後代の説教文学に繰り返し引かれている。