ローヒニー
ローヒニー・デーヴィー · バールヒカの娘 · ヴァスデーヴァ第一夫人
ヴァスデーヴァの第一夫人でバララーマの母。デーヴァキーの胎に宿った第七子が移され、その子を産むことになった女性。
解説
概要
ローヒニー(Rohiṇī / रोहिणी)は、ヴァスデーヴァの第一夫人であり、バララーマの母である。デーヴァキーの胎に宿った第七子がヴィシュヌの計らいによって彼女の胎へ移されたことで、その子を産むことになった。カンサの追及を逃れて牛飼いの村ヴラジに身を寄せ、ヤショーダーとともに二人の子を育てる。産みの母でありながら牛飼いの村で育てた、二つの立場を兼ねる位置にある。
なお、この名は月神チャンドラの妃でありナクシャトラの一つでもあるローヒニーとも共通する。両者は別個の存在であり、混同されることが多い。
神話・物語
出自については、バールヒカ王の娘とする伝えが広く行われる。ヴァスデーヴァの妃のうち最も年長であり、第一夫人の位にあった。
物語における彼女の役割は、胎の移し替えという一点に集約される。カンサの牢でデーヴァキーが六人の子を殺されたのち、第七子が宿ったとき、ヴィシュヌはヨーガマーヤーに命じてこれを彼女の胎へ移させた。牢の外へは、デーヴァキーが流産したと伝えられる。引き移されて生まれた子は、そのためにサンカルシャナ(引き寄せられた者)とも呼ばれ、のちにバララーマの名で知られる。
彼女はカンサの目を逃れてゴークラのナンダのもとに身を寄せていた。ほどなくデーヴァキーの第八子クリシュナも同じ村へ運ばれ、二人の子は兄弟として同じ村で育つ。彼女がバララーマの実の母であり、ヤショーダーがクリシュナの育ての母であるという配置によって、村には二人の母が並ぶことになった。伝えによっては、彼女がクリシュナの世話も分かち合ったとされる。
カンサが討たれたのちはマトゥラーへ、続いてドヴァーラカーへ移った。ヤーダヴァ族が同族争いによって滅びたのち、他の妃たちとともに生を終えたと語られる。
娘スバドラーを彼女の子とする伝えもあるが、デーヴァキーの子とする伝えもあり、文献によって分かれる。
図像と象徴
固有の像容は伝わっておらず、独立した礼拝像の伝統もない。図像に現れるとすれば、牛飼いの村で幼い二人の子を見守る姿である。象徴となるのは移された胎そのもので、産んだ子が自らの宿したものではないという、この人物に固有の位置を示している。
系譜と関係
父はバールヒカ王とする伝えが多い。夫はヴァスデーヴァ、その共同の妃がデーヴァキー。子はバララーマ、伝えによってはスバドラーも。デーヴァキーとは、一人の子を胎で分かち合った関係にある。ヤショーダーとは同じ村で子を育てた者どうしであり、産みの母と育ての母という対の構図のなかで、彼女だけが両方の側に立つ。
文化的足跡
彼女を主役とする説話はほとんどなく、単独の信仰も伝わらない。それでも系譜の上では欠かせない位置にあり、バララーマがサンカルシャナと呼ばれる由来、そしてヴリシュニ族の英雄の一人サンカルシャナがバララーマにあたることは、いずれもこの胎の移し替えに発している。
胎児を別の女性の胎へ移すという主題は、インドの説話文学にほかにも例が乏しく、この一段はしばしば注目されてきた。近現代の再話では、産んだ子が自らの宿した子ではないという事実をどう受け止めるかという問いが加えられることもあるが、原典はこの点に立ち入らない。