ヴァスデーヴァ
シューラセーナの子 · アーナカドゥンドゥビ
クリシュナとバララーマの父。生まれた夜の子を籠に入れ、増水したヤムナー河を渡って牛飼いの村へ運んだと語られる。
解説
概要
ヴァスデーヴァ(Vasudeva / वसुदेव)は、クリシュナとバララーマの父である。ヤーダヴァの一族ヴリシュニに属し、シューラセーナの子。妃デーヴァキーとともにカンサによって牢に繋がれ、生まれた子を次々に奪われた。第八子を夜のうちに牛飼いの村へ運んだ一段によって知られる。クリシュナの別名ヴァースデーヴァ(ヴァスデーヴァの子)は、この父の名に由来する父称である。
神話・物語
婚礼の日、天の声が妃の第八子によってカンサが殺されると告げた。妃を斬ろうとする義兄に対し、彼は生まれる子をすべて差し出すと約してこれを押しとどめる。約束を守って六人の子を渡し、そのつど殺された。第七子はヴィシュヌの計らいで第一夫人ローヒニーの胎へ移され、バララーマとして生まれている。
第八子が生まれた夜、牢の錠は自ずから開き、番人は眠りに落ちた。彼は嬰児を籠に入れて抱え、増水したヤムナー河を渡る。伝えでは、蛇王シェーシャが鎌首を広げて雨を防ぎ、河の水が道を開いたという。牛飼いの村ゴークラに着いた彼は、ナンダの妻ヤショーダーが同じ夜に産んだ女児と子を取り替え、女児を抱いて牢へ戻った。
カンサの死後に解放され、以後はマトゥラーで、のちにドヴァーラカーで子らとともに過ごした。ヤーダヴァ族が同族争いによって滅び、クリシュナが世を去ったのち、彼もまた生を終えたと語られる。
図像と象徴
固有の像容は伝わっておらず、独立した礼拝像の伝統もない。図像に現れるのはほぼ例外なく、籠を頭上に掲げてヤムナー河を渡る場面である。上に蛇王が笠を広げ、下に水が引くという構図は、インド美術の定番となった。象徴となるのは籠であり、約束を守り抜いたのちに一度だけそれを破るという、この人物の行いを担っている。
系譜と関係
父はシューラセーナ。妹はクンティーで、その子であるパーンダヴァ五兄弟はクリシュナの従兄弟にあたる。妃はデーヴァキーとローヒニーほか。子はクリシュナ、バララーマ、スバドラー、そして殺された六人。
なお、ヴリシュニ族の英雄の一人に数えられるヴァースデーヴァは、彼ではなく子クリシュナを指す父称である。前1世紀のインド・グリーク王アガトクレスの貨幣に刻まれたヴァースデーヴァも同様であり、両者を混同しないよう注意がいる。
文化的足跡
ヤムナー渡河の場面は、ジャンマーシュタミーの祭で毎年再現される。マトゥラーからゴークラへ至る道筋には、彼が立ち寄ったとされる地点が点々と伝えられ、巡礼の路をなしている。
物語の構造において、彼は約束を守る者として描かれる。六人の子を自ら差し出したことは残酷にも見えるが、叙事詩の語りはこれを非難せず、王に与えた言葉を守り抜いた者として扱う。そのうえで最後の一度だけ約束を破ることが、世界を救う行為となる。
領分・別名
親・配偶者・子までを表示(全体はフル系図ページへ)。実線=主要伝承/点線=異伝・別系統。