フェンリル
フェンリスウールヴ · フェンリス狼 · Fenrisúlfr
北欧神話の巨大な狼。トリックスター神ロキの子で、大蛇ヨルムンガンドやヘルの兄弟。神々に縛められ、ラグナロクに解き放たれてオーディンを呑み込む破滅の獣。
解説
概要
フェンリル(Fenrir、「沼地に棲む者」の意とされる)は、北欧神話の巨大な狼である。フェンリスウールヴ(フェンリル狼)とも呼ばれ、フローズヴィトニル(名高き狼)、ヴァーナルガンド(ヴァーン川の怪物)の名も持つ。トリックスターの神ロキと女巨人アングルボザのあいだに生まれた三者の一つで、兄弟に世界蛇ヨルムンガンドと冥界の女主人ヘルがいる。神々に縛められ、ラグナロクの日に解き放たれて主神オーディンを呑み込む。
登場する物語
縛めの物語は『ギュルヴィたぶらかし』第34章が詳しい。予言によって禍をなすと知った神々は、この狼をアースガルズで育てたが、餌を与える勇気があったのはテュールだけだった。日ごとに巨大になる狼を恐れた神々は、レージングとドローミという鎖で縛ろうとしたが、フェンリルはどちらもたやすく引きちぎった。「レージングから抜ける」「ドローミから打ち破る」は、困難を切り抜けることを言う慣用句になったという。
そこでオーディンはフレイの従者スキールニルを黒いアールヴの国へ遣わし、ドヴェルグたちに縛めグレイプニルを作らせた。材料は猫の足音、女の髭、山の根、熊の腱、魚の息、鳥の唾の六つで、スノッリは、女に髭がなく、猫が足音を立てず、山に根がないのを見れば、この話が偽りでないとわかると付け加える。絹紐のように柔らかいこの縛めを疑ったフェンリルは、誰かが口に手を入れて保証とするなら受け入れると言い、テュールが右手を差し出した。狼がもがくほど縛めは締まり、テュールは手を失う。神々は狼をアームスヴァルトニル湖のリュングヴィ島に繋ぎ、口に剣を噛ませて顎を開かせた。流れ出るよだれがヴァーン川になったという。
『ロキの口論』38〜39節では、ロキがテュールに右手を失ったことをあざけり、テュールは狼もまた終末の日まで縛られていると言い返す。10世紀の『ハーコンの言葉』は、ハーコン王ほどの王が再び立つより先にフェンリルの縛めが解けるだろうと結ぶ。
ラグナロクの日、フェンリルは縛めを解き、下顎を地に、上顎を天に届かせるほど口を開いて進み、オーディンを呑み込む(『巫女の予言』、『ギュルヴィたぶらかし』第51章)。仇を討つのはオーディンの子ヴィーザルで、『ヴァフスルーズニルの言葉』では狼の顎を引き裂き、『巫女の予言』では剣を心臓に突き立てる。スノッリはこれに、ヴィーザルが厚い靴で下顎を踏みつけたという細部を加える。
図像と象徴
本サイトが掲げるのは、17世紀アイスランドの写本(AM 738 4to)の一葉で、縛められて口から川を溢れさせる狼を描く。
ヴァイキング期の石彫にも関連する場面が残る。マン島のソルワルドの十字架(10世紀)には、槍を持ち肩に鳥を載せた人物が狼に足を噛まれる姿があり、オーディンがフェンリルに呑まれる場面と解されている。スウェーデンのレードベリの石(11世紀)にも、四つ足の獣の口に足を差し入れた人物が刻まれる。イングランドのゴスフォース十字架には、獣の顎を押し広げる人物が彫られ、ヴィーザルの復讐と見る解釈がある。これらの石にはキリスト教の主題も並んでおり、異教の終末とキリストの勝利が重ねて表されたとする議論がある。
関係する神格・退治した英雄
父はロキ、母はアングルボザ。『巫女の予言』40節は、東の鉄の森に住む老女がフェンリルの一族を育てると歌い、太陽と月を追う狼スコルとハティもこの系統に置かれる。ハティは父称フローズヴィトニスソンによってフェンリルの子とされる。宿敵はオーディンとテュール、仇を討つのはヴィーザルである。
文化的足跡
縛められた狼がやがて解き放たれて世界を呑むという主題は、世界蛇の尾と並んで、北欧神話の終末像を代表するものとして繰り返し描かれてきた。現代のファンタジー作品やゲーム、アニメでも、フェンリルの名は強大な魔狼の代名詞として用いられている。
領分・別名
親・配偶者・子までを表示(全体はフル系図ページへ)。実線=主要伝承/点線=異伝・別系統。