ハティ
ハティ・フローズヴィトニスソン · マーナガルム · マーナガルムル
北欧神話で月を追う狼。太陽を追う兄弟スコルと対をなし、ラグナロクの日に月を呑み込む。父はフェンリルとされる。
解説
概要
ハティ・フローズヴィトニスソン(Hati Hróðvitnisson)は、北欧神話で月を追う狼である。名は「憎む者」あるいは「敵」を意味する。昼のあいだ太陽を追うスコルと対をなし、ラグナロクの日にマーニ——人格化された月——を呑み込む。
父称フローズヴィトニスソンは「フローズヴィトニルの子」の意である。フローズヴィトニル(「名高き狼」)はフェンリルの別名と解されるため、この父称はハティをフェンリルの子とする。ただし別名の同定そのものが解釈に依っており、断定はできない。
登場する物語
『グリームニルの言葉』は、日と月がそれぞれ狼に追われると語る。スコルが太陽を、ハティが月を追い、両者が神々の輝きを奪おうとしている。父称が現れるのはこの詩と『ギュルヴィたぶらかし』である。
スノッリの『ギュルヴィたぶらかし』は、二頭の役割を整理して示す。太陽の車が空を渡りはじめたとき二頭の狼が追いはじめ、そのうち彼女が恐れているのがスコルである。もう一頭ハティはその前を走り、月を追っている。世界の終わりに、二頭はそれぞれ追いつく。
母について、スノッリは『巫女の予言』を引きながら説明する。ミズガルズの東の鉄の森に老いた女巨人が住み、「フェンリルの眷属」を産み育てている。その子らはみな狼の姿の巨人であり、ハティとスコルもそこに含まれる。したがって二頭は兄弟ということになるが、女巨人の名は伝わらない。
スノッリが引く『巫女の予言』の二つの節は、この女巨人の名を伝えぬ息子が月をさらい、死者の肉を喰らって天を血に染めると予言する。ここには、単に天体を追うだけではない、より凶暴な相が現れている。
資料は一致しない。『ヴァフスルーズニルの言葉』は、太陽を滅ぼすのはフェンリル自身だとする。狼が何頭いて、どれがどの天体を担うのかについて、中世の資料は最後まで揃わない。
図像と象徴
異教期の造形は知られていない。近代の視覚像は挿絵本に始まる。本サイトが掲げるのは、ウィリー・ポガーニーがパドレイク・コラム『オーディンの子ら』(1920年)に寄せた図で、太陽を追うスコルと月を追うハティを一枚に収めている。ジョン・チャールズ・ドルマンの《太陽と月を追う狼たち》(1909年)とともに、この主題の定型を作った。
象徴としてこの狼を特徴づけるのは、走る位置である。スコルが太陽の背後を追うのに対し、ハティは月の前を走る。追う者と追われる者の関係が、二頭で反転している。スノッリの記述をそのまま読めば、月は追われているのではなく、先を行く獣を追いかけていることになる。
もう一つは、月を呑む獣という発想そのものである。インドのラーフは太陽と月を呑んで日月蝕を起こし、中国では天狗が日を食むと語られた。北欧のこの狼が異なるのは、蝕を説明していない点である。呑む瞬間は一度きりで、繰り返されない。
関わる伝承
スノッリは、女巨人の子らのうち最も強いものとしてマーナガルム(「月の犬」)の名を挙げ、これが月を呑み、死者の肉を貪ると述べる。ハティの別名なのか、スコルの別名なのか、あるいは第三の狼なのかは資料から決められない。スノッリが民間伝承から取り込んだ名だろうという推測がある。
ルドルフ・ジメクは、スコルとハティとフェンリルがもともと同一の狼で、のちに三頭に分かれたのではないかと論じた。名の数ほど個体がいないという見方であり、資料の食い違いを説明する一つの筋である。
同じジメクは、スコルとハティの伝承を幻日——太陽の左右に光の点が並んで見える大気光学現象——の説明とみる可能性も指摘している。スウェーデン語の solvarg、ノルウェー語の solulv はいずれも「太陽の狼」の意である。ただしこの解釈は太陽の側の説明であって、月を追う狼の由来を直接には説明しない。
文化的足跡
現代の創作では、スコルとハティは対の狼として、太陽と月の象徴に配されることが多い。二頭の名が並んで用いられるのは、原典が二頭を対として提示しているためである。
ただし原典において、この対は左右対称ではない。太陽を追う狼には名の語源が説明され、恐れられているのがどちらかも明示される。月を追う側に与えられているのは、父称と、死者の肉を喰らうという予言と、名の揺れだけである。北欧神話の狼は、輪郭を持たないまま数だけが増えていく。
領分・別名
親・配偶者・子までを表示(全体はフル系図ページへ)。実線=主要伝承/点線=異伝・別系統。