エウリュステウス
エウリュステオス · Eurystheus
ミュケーナイとティーリュンスの王。ヘーラクレースに十二の功業を課した。英雄が獲物を持ち帰るたび大甕に隠れたと伝えられる。
解説
概要
エウリュステウス(Εὐρυσθεύς / Eurystheus)は、ミュケーナイおよびティーリュンスの王である。カール・ケレーニイによれば名は「あまねく強者」を意味する。ヘーラクレースに十二の功業を課した人物として知られる。
もっとも、その造形は名とは正反対である。臆病で執念深く、英雄が獲物を持ち帰るたびに大甕へ逃げ込む王として語られた。「あまねく強者」の名を持ちながら甕に隠れるという落差が、この人物のすべてである。
神話・物語
出生の逸話が、その位置を決めている。アルクメーネーが産気づいたとき、ゼウスはやがて生まれる我が子をミュケーナイの王位につけようと考え、「今日生まれる最初のペルセウスの後裔が全アルゴスの支配者となる」と宣言した。これに嫉妬したヘーラーは、わざとゼウスに誓言させたうえで、出産の女神エイレイテュイアを遣わしてアルクメーネーの出産を遅らせ、同じくペルセウスの子孫でまだ七か月だったエウリュステウスを先に世に出した。ゼウスは怒ったが自らの誓いを覆せず、腹立ちまぎれに愚行の女神アーテーを天から投げ落として追放したという。
生まれる順序だけで王位が決まり、英雄が王に仕えることになる。功業の物語全体が、この一つの策略の上に載っている。
ヘーラクレースは狂気に駆られて我が子を殺し、罪を償うためデルポイの神託を仰いだ。神託は「ミュケーナイ王エウリュステウスに仕え、十の勤めを果たせ」と告げる。
最初の功業でネメアーの獅子の死骸を持ち帰られたエウリュステウスは度肝を抜かれ、以後は獲物を城門の外で見せるよう命じた。さらに青銅の大甕を作らせ、英雄が戻るとそこへ逃げ込むようになる。新たな課題を告げるときも、伝令コプレウスを介して面と向かわないようにした。
功業が十二に増えたのもこの王の裁定による。レルネーのヒュドラー退治ではイオラーオスの助けを借りたこと、アウゲイアースの家畜小屋では報酬を得ようとしたことを理由に、二つを勘定に入れなかったのである。またアマゾーンの女王ヒッポリュテーの帯を求めたのは、王の娘アドメーテーがそれを欲しがったためだという。
ヘーラクレースの死後、その子らヘーラクレイダイが王位を望むことを恐れた王は、彼らを追い回して殺そうとした。庇護を求めた一族はアテーナイに迎えられ、エウリュステウスはアテーナイと戦って敗れ、殺される。エウリーピデース『ヘーラクレイダイ』はこの顛末を扱っており、アテーナイが嘆願者を守る都市として自らを描く政治的な文脈を持つ。
図像と象徴
古代美術における標識は、はっきりしている。甕である。前6世紀半ば以降のアッティカ黒絵式陶器では、エリュマントスの猪を担いだヘーラクレースが近づくと、地面に埋めた大甕から王が首だけ出して両手を挙げる場面が繰り返し描かれた。本項に掲げたのは、前550年から前530年頃のアッティカ黒絵式アンフォラ(ヴァチカン美術館グレゴリウス・エトルリア博物館 inv. 16442)である。
この構図は喜劇的であり、実際、見る者を笑わせるために描かれたと考えられている。英雄譚の図像でありながら、王の側を滑稽に表すという選択がなされている点で、ギリシア陶画の主題選択の幅を示す作例でもある。甕以外に固有の標識はなく、甕のない場面では王座に坐す王として表されるにすぎない。
系譜と関係
父はペルセウスの子ステネロス、母はペロプスの娘ニーキッペー。姉妹にメドゥーサ、アルキュオネー(ゴルゴンのメドゥーサとは別人)。ヘーラクレースの母アルクメーネーは従姉妹にあたる。妻はアンティマケー、子に娘アドメーテーと五人の息子がある。
血縁のうえでは英雄と近い一族でありながら、その庇護者ヘーラーの意志によって対立の側に置かれた。この王が自ら悪をなす場面は少なく、憎まれ役としての機能が先にあると読むこともできる。
文化的足跡
「甕に隠れる王」の図像は、権力者の臆病を笑う型として古代から親しまれた。近代の児童向け神話再話でもこの場面はほぼ必ず採られ、ヘーラクレース物語の緩衝材として機能している。恐ろしい獣の連続する物語に、笑える瞬間が挟み込まれていることになる。