テオニム THEONYM · 世界神話アーカイブ 神格を検索
エリュマントスの猪
PLATE — ἘΡΥΜΆΝΘΙΟΣ ΚΆΠΡΟΣ
HELLAS · ギリシア神話
ἘΡΥΜΆΝΘΙΟΣ ΚΆΠΡΟΣ

エリュマントスの猪

エリュマントスのイノシシ · エリュマントス山の猪

Bibi Saint-Pol PUBLIC DOMAIN

アルカディアのエリュマントス山に棲んだ巨大な猪。生け捕りが第四の功業で、担いで帰った英雄を見たエウリュステウスは甕に隠れたという。

01

解説

概要

エリュマントスの猪(ὁ Ἐρυμάνθιος κάπρος)は、アルカディアのエリュマントス山に棲んだ巨大な猪である。毛は荒く、牙からは泡を垂らし、山を下りては畑と森を荒らした。これを生け捕りにすることがヘーラクレースの第四の功業であった。

先のケリュネイアの鹿と同じく殺してはならない獲物だが、こちらは聖獣だからではない。エウリュステウスが生きたまま連れて来いと命じたからである。結果として、この功業は英雄譚のなかでも珍しく喜劇的な結末を迎える。

登場する物語

ヘーラクレースの十二功業の第四。ヘーラクレースは声を上げて猪を茂みから追い出し、深い雪のなかへ追い込んだ。雪に脚を取られて動けなくなったところを縛り上げ、肩に担いでミュケーナイへ運ぶ。力ではなく、地形と季節を使った捕獲である。

猪を担いだ英雄が現れると、エウリュステウス王は恐れて青銅の甕(ピトス)のなかに隠れた。この場面は古代からよく知られ、王の臆病を笑う挿話として繰り返し語られた。

往路には別の一幕がつく。ヘーラクレースはケンタウロスのポロスに迎えられ、ディオニューソスがケンタウロス族に託した酒甕を開けさせた。香りに引かれて仲間のケンタウロスたちが押し寄せ、乱闘となる。ヘーラクレースはヒュドラーの毒矢で応戦し、多くを射殺した。この騒ぎのなかで、彼の師であるケイローンが誤って毒矢を受ける。不死であるがゆえに死ねず苦しみ続けたケイローンは、のちに不死をプロメーテウスに譲って死を選ぶことになる。ポロス自身も、抜き取った矢を落として足を貫かれ命を落とした。

功業そのものより、この巻き添えの死のほうが後世に重く受け止められた。

図像と象徴

前6世紀から前5世紀にかけて、アッティカの壺絵はこの主題を好んだ。定型は一つで、猪を肩に担いだヘーラクレースと、甕に飛び込んで蓋の縁から顔だけ出すエウリュステウスである。

代表作がルーヴル美術館所蔵の黒絵アンフォラ(前525年頃、アンティメネスの画家、エトルリア出土)である。ヘーラクレースが猪を頭上に振りかざし、地面に埋めた甕からエウリュステウスが両手を上げて身を縮める。英雄の巨躯と、甕からのぞく小さな頭部の対比が画面の主題になっている。神話の登場人物を笑いの対象として描く、古典期以前の美術としては珍しい図像である。

ヴェネツィアのサン・マルコ寺院正面に嵌め込まれた浮彫は、ビザンティン期の作でありながら同じ構図を保っている。担ぐ英雄と甕の王という組み合わせが、千年を越えて反復された。

関わる伝承

エリュマントス山は、ホメーロス『オデュッセイア』第6歌でアルテミスが猪や鹿を追う場所として名を挙げられる。獣の女主人の領域であり、猪はその領域から人里へ下りてくる災いであった。神が怒りを向けた土地には猪が送られる——メレアグロスカリュドーンの猪の物語も同じ型をとる。

十二功業のうち第三から第六まではペロポネーソス半島の内側で完結する。土地を荒らす獣を除くという地方の伝承が、のちに一続きの功業として編まれたと見る研究が多い。

パウサニアスは、南イタリアのクーマイにあるアポローン聖域に、エリュマントスの猪の牙と称するものが奉納されていたと記している。ただし彼自身、それが本物である見込みはまずないと書き添えた。

文化的足跡

甕に隠れる王という図柄は、古代においてすでに諺の域に達していた。臆病な権力者を笑う定型として、壺絵から浮彫まで広く用いられている。

近世以降は、十二功業の連作の一場面として描かれるのが通例である。ズルバランの連作(1634年)など、猪そのものより担ぐ英雄の身体を主題とする作例が多い。ケンタウロスたちの乱闘のほうはケンタウロマキアの図像に吸収され、猪の物語からは切り離されて受け継がれた。

02

領分・別名

03

資料

Wikidata
Q334456 — 骨格データの出典
Commons
Erymanthian Boar — 図像カテゴリ