アーテー
アテ · アーテ · Ate
破滅と愚行を人格化した女神。ヘーラーの策でエウリュステウスがヘーラクレースより先に生まれたとき、ゼウスが怒ってこの女神を天から投げ落とした。以後人間は愚行を繰り返す。
解説
概要
アーテー(Ἄτη)は、ギリシア神話の女神である。もとは破滅、愚行、妄想を表すギリシア語であり、道徳的判断を失わせて盲目的に行動させる狂気の神格化にあたる。
ホメーロスではゼウスの長女、ヘーシオドスではエリスの娘である。
神話・物語
ホメーロス『イーリアス』第19巻が、この女神の追放を語る。
アルクメーネーが産気づいたとき、ゼウスは「今日生まれる最初のペルセウスの裔が全アルゴスの支配者となる」と言った。妻ヘーラーはこれに嫉妬し、わざとゼウスに誓言させる。そのうえで出産の女神エイレイテュイアを遣わしてアルクメーネーの出産を遅らせ、もう一人のペルセウスの裔でまだ七か月だったエウリュステウスを先に世に出した。
ゼウスは怒ったが、自らの誓言を覆すことはできない。腹立ち紛れにアーテーの頭をつかむと、天空から放り投げて追放した。ヘーラクレースがエウリュステウスに仕えることになったのは、この一件による。
一方アポロドーロスによれば、ダルダノスの母エーレクトラーがゼウスに犯されそうになったとき、神像パラディオンのもとに逃れた。ゼウスはパラディオンをアーテーとともにイーリオンに落としたとされる。
こうしてアーテーが人間のあいだで暮らすことになったため、人間は愚行を繰り返すようになったという。
図像と象徴
固有の図像は伝わらず、本サイトも主画像を掲げない。
この女神を規定するのは、追放されたという一点である。神々の世界から投げ落とされた愚行が、以後地上に留まる。人間が愚かであることの説明として、神の側の失敗が用いられている。
ホメーロスは、アーテーの足は柔らかく、地を踏まずに人の頭の上を歩くと描く。愚行は気づかぬうちに訪れるという観念である。同じ巻には、アーテーの後を追って癒す「祈り」(リタイ)の女神たちも現れる。
関わる神格・伝承
父はゼウス(ホメーロス)、母はエリス(ヘーシオドス)。ヘーシオドス『神統記』では、エリスの子として飢餓、苦痛、忘却、争いなどと並べられる。
アガメムノーンは『イーリアス』第19巻で、アキレウスとの争いを自らの責任ではなくアーテーのせいだと弁明する。責任転嫁の装置として、この女神が呼び出される。
文化的足跡
ギリシア悲劇において、アーテーは主人公を破滅へ導く力として繰り返し言及される。ヒュブリス(傲慢)がアーテーを招き、ネメシス(報い)が続くという三段の構図は、悲劇の骨格として論じられてきた。
日本語圏では、この語は神格としてより、ギリシア悲劇の用語として知られている。