アルゴス(船大工)
アルゴス · Argos · Argus
アルゴー船を建造した船大工。アテーナーの指導のもとで船を組み上げ、自らも乗組員に加わった。船の名は彼の名に由来する。
解説
概要
アルゴス(Ἄργος / Argus)は、アルゴナウタイの船アルゴーを建造した船大工である。アテーナーの指導のもとで船を組み上げ、自らも乗組員の一人として航海に加わった。船の名はこの人物の名に由来するとされる。
同名の存在が多いため、区別が必要である。百の目を持つ巨人アルゴス・パノプテースとは別人であり、プリクソスの子でコルキスにいたアルゴスとも通常は区別される(両者を同一視する資料もある)。また、オデュッセウスの老犬アルゴスとも無関係である。
神話・物語
系譜は定まらない。ロドスのアポローニオスとツェツェースは、アルゴス王家に連なるアレストールの子とする。ヒュギーヌスはポリュボスとアルギアーの子、あるいはダナオスの子とし、ウァレリウス・フラックスはボイオーティアのテスピアイの出身とする。船大工という職能だけが確かで、出自は資料ごとに入れ替わる。
建造の依頼者についても伝えが分かれる。ペリアースがイアーソーンに金羊毛を課したうえで木材と人手を与えたとするものと、イアーソーン自身が船大工に依頼したとするものがある。ペリアースが船を用意させたとする筋は、王が甥の帰還を期待していなかったことを前提としている。コルキス王が金羊毛を手放すはずがなく、眠らぬ竜が守っていることを知っていたからである。
建造はアテーナーの指導のもとで進められた。女神は自ら船首に一本の材を据えたと伝えられる。ドードーナにあるゼウスの聖林から切り出された樫であり、この材は危急のときに自ら口をきいてイアーソーンに指図した。アプシュルトス殺害の穢れを祓うためにキルケーのもとへ向かえと命じたのも、この船首材である。船が乗組員に助言するという発想は、ギリシアの物語のなかでも珍しい。
伝えによれば、これはアルゴスが初めて造った船であり、それでいて当時「かつて見たなかで最も航海に堪える船」と評された。神の手を借りた者の最初の仕事という型がここにも見える。
なお、ティーリュンスにあったヘーラーの木像もこの人物の作とされる。船大工が神像を彫るという結びつきは、木を扱う技術が造船と彫像に共通していたことを反映するものだろう。
図像と象徴
アルゴスを名指した古代の作例は確認されていない。アテーナーが船に手を加える場面を刻んだローマ期の浮彫が知られ、そこに船大工を見る解釈もあるが、銘を欠くため確定できない。アルゴナウタイの図像は圧倒的にイアーソーンと竜、あるいはピーネウスの救出に集中しており、船を造る場面が選ばれることはほとんどなかった。したがって本項では主画像を置いていない。
物語の前提を用意する人物が図像を持たないという点で、この船大工はオイネウスやアイソーンと同じ位置にある。
関係する神格・退治した英雄
父はアレストール(ポリュボス、ダナオスとする異伝あり)。指導者はアテーナー。船アルゴーの乗組員として、イアーソーン、ヘーラクレース、オルペウス、ペーレウス、テラモーン、メレアグロス、ディオスクーロイ、ラーエルテースらと名を連ねる。
文化的足跡
アルゴー船は天に上げられてアルゴ座となった(カタステリスモス)。南天最大の星座であったが、18世紀にニコラ・ルイ・ド・ラカーユがりゅうこつ座・とも座・ほ座の三つに分割し、現行の八十八星座に単独の星座としては残っていない。ひとたび星座になった船が、後世の天文学によって解体されたことになる。
英語の argosy(大商船、船団)をアルゴーに由来する語とする説明が広く流布しているが、これは誤りである。実際にはアドリア海の都市ラグーサ(現ドゥブロヴニク)に由来し、同市の大型商船を指す ragusea が変形したものとされる。音の近さが後から神話に結びつけられた例で、語源の判断に音の類似だけを用いることの危うさを示している。