アルゴス
アルゴス・パノプテース · アルゴス・パノプテス · アルグス
全身に百の眼をもつギリシア神話の巨人。ヘーラーに命じられ、牝牛に変えられたイーオーを見張ったが、ヘルメースに眠らされて殺された。眼は孔雀の尾に移されたという。
解説
概要
アルゴス(Ἄργος / Argos)は、全身に無数の眼をもつ巨人である。添え名パノプテース(Πανόπτης)は「すべてを見る者」を意味する。眼の一部が眠っているあいだも残りが開いているため、監視が途切れることがない。ヘーラーに仕える番人として、牝牛に変えられたイーオーを見張った物語で知られる。
眼の数は資料によって違う。ヘーシオドスに帰される失われた詩『アイギミオス』の断片は四つの眼とし、前5世紀以降は百とするのが通例になった。オウィディウスも百と書く。「すべてを見る」という添え名を字義通りに受け取ろうとする姿勢が強まるにつれて、数が増えていった。
登場する物語
ゼウスはアルゴスの王女イーオーに目をつけ、妻の目を欺くために彼女を白い牝牛に変えた。ヘーラー自身が変えたとする伝えもある。ヘーラーはその牝牛を贈り物としてねだり取り、アルゴスに番をさせる。牝牛はヘーラー聖域の、あるいはネメアーのオリーヴの木に繋がれた。
ゼウスはヘルメースを遣わす。羊飼いに身をやつしたヘルメースは、葦笛を吹き、長い物語を語ってすべての眼を眠らせ、そのうえで首を刎ねた。杖で眼を永久に閉じさせたとも、石を投げつけたとも伝えられる。ホメーロスがヘルメースに与える添え名アルゲイポンテース(「アルゴスを殺す者」)は、この一件に由来するとされてきた。ただし語源としては異論もある。
ヘーラーは番人の功に報いて、百の眼を孔雀の尾に移した。あるいはアルゴスそのものを孔雀に変えたともいう。解放されたイーオーは、ヘーラーの放った虻に追われて地上をさまようことになる。
見張り以外の武勲も伝わる。アポロドーロスによれば、アルゴスはアルカディアを荒らす牡牛を退治してその皮を身に着け、また洞窟で眠っていたエキドナを殺した。番人であると同時に、怪物を退治する側にも立つ存在であった。
図像と象徴
古代の美術は、眼を全身にびっしり描くようなことをしない。前5世紀初頭のアッティカ赤絵ストムノス(ウィーン美術史美術館 AS IV 3729、アルゴスの画家)では、剣を構えるヘルメース、牝牛の姿のイーオー、笏を執って坐すゼウスが並ぶ。アルゴスの体には眼が点々と散らされるものの、数は象徴的に処理され、百には遠く及ばない。
同じ場面は前5世紀を通じて繰り返し描かれた。共通するのは、力比べではなく計略を主題とする点である。眠らされた直前か直後が選ばれ、格闘としては描かれない。
ローマ期の壁画は物語性を強める。ポンペイの家から出た壁画(ナポリ国立考古学博物館)は、牝牛ではなく角を生やした人間の姿のイーオーと、傍らに座して見張るアルゴスを描く。獣に変えられた者を人の表情で見せるこの折衷の型は、ヘレニズム期以降に広まったものである。
孔雀の尾の眼という結末は、図像より文学に属する。オウィディウス『変身物語』が広めたこの一節は、ルネサンス以降の絵画で好んで取り上げられ、ヘーラーが眼を尾に嵌め込む場面が描かれた。
関わる伝承
出自は一定しない。アレストールの子とするのが通例だが、アスクレピアデースはイーナコスの子、ケルコープスはアルゴスとイスメーネーの子とする。アクーシラーオスは大地から生まれた者、すなわちガイアの子とした。
パノプテースという添え名は彼だけのものではない。太陽神ヘーリオスに、そしてゼウス自身にも用いられる。すべてを見るという性質は、本来は天から地を見下ろす神格に属していた。パウサニアスは、アルゴス市のゼウス・ラリッサイオス神殿に、額の中央に第三の眼をもつ古い神像があったと記している。
文化的足跡
なお、同名の存在が複数ある。オデュッセウスの帰りを待った犬アルゴス、アルゴー船を造った船大工アルゴス、そしてペロポネーソスの都市アルゴスである。名はギリシア語で「輝く」「素早い」を意味する語に由来し、この巨人がもとは番犬だったとする伝えもある。
「アルゴスの眼」は、油断のない監視の代名詞として西洋の言語に残った。英語の Argus-eyed は「炯眼の」を意味し、警戒や監視を掲げる新聞の題号にもしばしば用いられる。
眼状紋をもつ動物の学名にもこの名が採られた。セイランの Argusianus argus、ハタ科の魚 Cephalopholis argus、オオトカゲの Varanus panoptes など、少なくとも八種に及ぶ。孔雀の尾に移された眼という物語が、分類学の命名にまで届いている。
領分・別名
親・配偶者・子までを表示(全体はフル系図ページへ)。実線=主要伝承/点線=異伝・別系統。