アイソーン
アイソン · Aison · Aeson
イオールコスの正統な王でイアーソーンの父。異父兄弟ペリアースに王位を奪われ、のちにメーデイアの術で若返らされたとも伝えられる。
解説
概要
アイソーン(Αἴσων / Aeson)は、テッサリアのイオールコスの正統な王であり、イアーソーンの父である。クレーテウスとテューローの子で、ペリアースとは母を同じくする異父兄弟にあたる。王位を奪われながら殺されず、息子が帰るのを待つ人物として、物語の背景に置かれている。
神話・物語
父クレーテウスの死後、王位はアイソーンに帰すべきものであった。ところがテューローがポセイドーンとのあいだにもうけたペリアースが力ずくで王権を握り、アイソーンの子孫を見つけしだい殺した。ただしアイソーン自身は、理由の伝わらぬまま助命されている。
妻アルキメデーは、生まれた子イアーソーンを死産と偽り、侍女たちに嘆き声を上げさせて隠した。やがて発覚することを恐れ、子をケイローンのもとへ送る。別の伝えでは、幽閉されていたアイソーン自身が息子を助けるためにケイローンへ託したとする。
その後については伝えが分かれる。オウィディウス『変身物語』第7巻に見えるのは、若返りの話である。金羊毛を携えて帰ったイアーソーンは、父が老いて祝宴に加われないのを嘆き、自分の寿命を削って父に足してほしいとメーデイアに願った。彼女はイアーソーンの寿命を減らすことなく、アイソーンの血を抜き、薬草を煎じた汁を注ぎ入れて活力を戻したという。この奇跡を見たペリアースの娘たちが同じことを父に望み、その結果ペリアースが釜のなかで死ぬ——若返りの術は、ここで恩恵から殺害の道具へ反転する。
別系統では、ペリアースが息子の帰還前にアイソーンを死に追いやったとされる。牡牛の血を飲んで自ら命を絶ったとも伝えられる。アイソーンをめぐる伝承は、彼が生きて息子と再会するか否かの一点で二つに割れている。
図像と象徴
アイソーンを名指した古代の作例は知られていない。若返りの場面が描かれる場合も、画面の中心はメーデイアと釜であって、老王は術の対象として置かれるにすぎない。物語の起点でありながら、視覚化の主題にはならなかった人物である。本項では主画像を置いていない。
なお、前5世紀後半のアッティカ赤絵式陶器に「アイソーンの絵師」と呼ばれる工房があるが、これは近代の研究者が便宜的に付けた呼び名であり、この王とは関係がない。
系譜と関係
父クレーテウス、母テューロー。異父兄弟にペリアースとネーレウス(海神ネーレウスとは別人)、同母兄弟にペレースとアミュターオーン。妻はアルキメデーとするのが一般だが、イアーソーンの母の名は資料ごとに大きく揺れ、アウトリュコスの娘ポリュメーデーとする説をはじめ複数が並立する。子にイアーソーン、および弟プロマコス。
文化的足跡
シェイクスピア『ヴェニスの商人』第5幕には、メーデイアが「老いたアイソーンを若返らせた薬草を摘んだ」夜として、この逸話が引かれている。若返りの術がオウィディウスを介して近世の英文学へ伝わった経路を示す一例である。