ピーネウス
ピネウス · フィネウス · Phineus
トラーキアの盲目の予言者王。ハルピュイアに食卓を荒らされ続けたが、アルゴナウタイに救われ、その礼に航路の難所を教えた。
解説
概要
ピーネウス(Φινεύς / Phineus)は、トラーキアのサルミュデーソスの王で、予言の力を持つ盲人である。ハルピュイアに食物を奪われ続ける罰を受けていたが、アルゴナウタイの一行に救われ、その礼としてシュンプレーガデスの抜け方を教えた。イアーソーンの航海が成功したのは、この王の助言によるところが大きい。
神話・物語
盲目にされた理由は伝えによって割れる。ゼウスから予言の力を授かりながら神々の計画を人に漏らしすぎたためとするもの、後妻の讒言を信じて先妻の子らを自ら盲目にした報いとするもの、ヘーリオスの怒りに触れたためとするものがある。いずれの版でも、罰は二重である。目を奪われたうえに、食卓に運ばれた食物をハルピュイアに掠め取られ、残されたものは悪臭に汚されて口にできない。飢えたまま死ぬこともできない状態が続いた。
そこへ金羊毛を求める一行が到着する。ピーネウスは、怪鳥を追い払ってくれるなら航路の難所を教えると約束した。北風ボレアースの子ゼーテースとカライスは有翼であり、二人が空へ追ったことでハルピュイアは去った。結末は資料ごとに異なる。アポローニオス『アルゴナウティカ』では虹の女神イーリスが現れて追跡をやめさせ、以後ピーネウスを苦しめないと誓わせる。別の伝えでは殺す寸前だったとも、追う者も追われる者も力尽きたとも、双方とも死んだともいう。
礼としてピーネウスが教えたのが、鳩の計である。ぶつかり合う二つの岩に近づいたら、まず鳩を放て。鳩が抜ければ全力で漕げ。潰されれば引き返せ、というのである。鳩は尾羽を数枚失っただけで通り抜け、アルゴー船も船尾をわずかに削られただけで抜けた。以後この岩は動かなくなり、船が自由に通れるようになったと伝えられる。
予言者が予言を語ることで罰せられ、しかしその予言の力によって英雄を助ける——この人物の位置はそこにある。神々の意図を人に伝えることの危うさを主題とした説話として、ギリシアには類例が多い。
図像と象徴
古代の作例はハルピュイアとの場面に集中する。本項に掲げたのは、アルタムーラ出土のアッティカ赤絵式柱状クラーテール(前460年頃、ルーヴル美術館 G364)で、中央に盲目のピーネウスが座り、左右から翼を広げたボレアースの子らが迫る。卓上の食物をめぐる争いが一場面に収まっている。ここでのハルピュイアは、後代の資料が描く鳥身の怪物ではなく、翼を持つ女として表される。
盲目であることは、視線を伏せた顔や、手探りする所作によって示される。杖や従者を伴う型もあるが、決まった標識はない。
系譜と関係
父アゲーノールともポイニクスとも伝えられ、系譜は定まらない。先妻は北風ボレアースの娘クレオパトラーで、この縁によってゼーテースとカライスは彼の甥にあたる。伯父を救った甥という関係が、救出の場面に一つの筋を与えている。後妻イーダイアの讒言で先妻の子らが盲目にされたとする伝えでは、盲目という罰が親子二代にわたって反復されることになる。
文化的足跡
アイスキュロス『エウメニデス』では、デルポイの巫女がエリーニュスの姿を語るにあたり、かつて絵で見た「ピーネウスの饗宴を奪う者ども」を引き合いに出す。悲劇の作者が図像を参照して怪物を描写したことがうかがえる一節であり、また、この場面が前5世紀のアテーナイでよく知られた絵柄だったことを示している。